SamSara

森川悠太の

《ミンドロレポートその42》



参加型という言葉の影に潜む
マンニャンの特性

マンガハン村で住民と村の将来について協議する
マンガハン村で住民と村の将来について協議する



windmill赴任1年で崩れた自分の「常識」
 わたしがここミンドロに赴任した、ちょうどその日にボランティアスタッフカルメンの家に弟カルドンピスが産まれた。最近つかまり立ちができるようになり、歩く日も近いとの報告を耳にしたのはつい先日のことである。うだるような暑さで迎えてくれたフィリピン。気候にも食事にも慣れ始めていたところに大洪水よる床上浸水、新しい事務所への引越し。僻地でもにぎやかなクリスマス、年越し。気がつけば大きな病気一つすることなく無事に赴任一年目を終えようとしていた。

 一年間、いくつかの常識と前提が崩れた。開発の最前線に身を置くことにより逆に見えなくなったものも多数あるが、意外と身近に答えが転がっていると実感している。それでも世界にむけてのアンテナを低くしていたわけではない。転がり込む情報はむさぼるようにして読んでいた。世界の主流と大きくかけ離れた生活を送っているここミンドロだからこそ当てはまらない常識というのを逆に楽しんでいた節もある。非常に狭く局所的な視点で見えたものを述べてみたい。

「参加型開発」の美しい響き
 近年開発、国際関係という名の付く冊子、論文に必ず登場する"参加(participation)"というキーワード。PRA(参加型開発調査)が最も有名であるが、調査手法の一つとして一種流行と呼べるほど広く開発の世界に浸透し、今では確固たる地位を確立している。提唱者ロバート・チェンバースの意図するところは別として、PRAは大前提に持たざる者とされる途上国の民も、土着知識に代表されるよう先進国の民が持っていないものを持っている。さらにいえば自分たちの生活を向上したいという意志をもつというものである。また"参加"という言葉のおまけとしてついてくるのが"住民主体"。以前同僚の森崎は住民が主体となり事業が進んでいくのであれば、開発は必要ないと指摘していたが、一部の地域を除けば彼女の言葉に異を唱える者はいないであろう。

 思えばこの一年この「参加」、「住民主体」という言葉を過度に意識しすぎていた。この言葉を軸とし語られる開発の理想論。持続可能という概念にも結びつく美しい響き。一年経過した今でも理想として掲げられることを疑ってはいない。しかし、あくまでも理想は理想である。主流はあくまで主流であって決してすべてを覆い尽くしきれるものではない。

 自分の立場ということも必要以上に意識しすぎていた。インターン生という組織の中でも特殊な立場。一時滞在者であるゆえに最前線にでて、旗をふることへの躊躇をもっていたのも事実である。

協会現場の特殊性
 具体的に担当している農業を例にとっていかに主流とかけ離れた現場であるのかを説明してみたい。ひとつの実験農場ではパーマカルチャーという概念のもと栽培、飼育、植林をすすめている。パーマカルチャーについての詳しい説明は別の機会に譲るが、この概念を実践していく為には、事前に周到な計画をたてる必要がある。マンニャンのボランティアスタッフの同僚と共に取り組んでいるが、彼らから自発的にアイデア、発言があるのを辛抱強く待つ形をとっていた。ただ待つだけでなく、パーマカルチャーについての説明、各コンポーネンツが必要とするインプット、生まれるアウトプットなど答えのある一歩手前まで半歩先を歩みながら彼らを導いたが、あともう一歩が彼らから生まれてこない。

 当然といえば当然なのかもしれない。他の事例からもわかるが、彼らは具体的な結果が見えるまでチャレンジしようとはしない。変化を好まない。机上の論理ではイメージがわかないとも考えられる。詳細は不明であるが、目に見える成果、モデルを作る、わたし自身が見本となる必要性を今強く感じている。時には強制的にならざる得ない場面も生まれるかもしれないが、遠い将来を見据えた時にはそれも必要なことである。

 自分から一歩踏み出すことそれ自体すばらしいことで異論はないが、それに費やされる時間、言い換えれば失われる時間を考えた時に、参加型・住民主体という開発にとらわれる、こだわる必要性はここミンドロでは低い。

バランスをどうとるか
 それではどうすればということであるが、発展の過程において、よく意識改革などというが、そもそも意識の改革は内側から起こるもので、外側からはいくら意識改革を声高に叫んだとしても届かないものには届かない。外側から変えるにはある程度強制的に制度、習慣、生活を変え、その結果として意識が改革するものであろう。そのために戸惑いや犠牲が生まれるかもしれない。彼らにはわたしたちが考えていること、みえていることが理解できないであろう。しかし、臆することなく前進するべきである。

 おそらく一年前のわたしがこのレポートを読んでいたらとんでもないと声高に反論していたであろう。現地住民の可能性を見過ごしているのではないか、それは先進国のエゴではないのか、と。確かに一年前の自分からは予想もしなかった変化である。しかもこれを成長と言い切れるだけの自信はまだない。常に自問自答していく必要性もいまだに強く感じている。何年かしてからあれが成長であったと呼べる日がくることを願っている。二年目のスタートを目の前にしていつまでも迷っている時間はない。自問自答することをわすれることなく、常に目の前に見えている事例から答えを探っていきたい。少なくとも世界の主流に翻弄されない、自分の築き上げる答えに対して自信を持てるようになりたい。それを他人は経験と呼ぶのであろう。

windmill2006年3月



21世紀協会ボランティアスタッフ
森川 悠太
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