SamSara

森川悠太の

《ミンドロレポートその40》



マジックケミカル
(魔法の化学)

合鴨農法実験農場でのYuta(左)と川嶌現地事務所長
合鴨農法実験農場でのYuta(左)と川嶌現地事務所長



windmill洪水の後
 連続的に降り続く雨により、現地事務所のある町サンタクルスの多くが沈んだ洪水から早一ヶ月が経とうとしている。人、動物、昆虫等全ての排出物が流れ出し、足を浸ければかゆさに我慢できなくなる洪水が完全に引くまで一週間近くを要した。食料の供給ストップ、洪水を媒体としたマラリア、デング熱等の流行が心配されたが、取り越し苦労に終わった。孔子は「衣食足りて礼節を知る」といったが、食物・飲み水といった人類の生存にとって基本的な要素の安全が脅かされたときに、地球規模の環境破壊、将来的な動向に配慮する余裕はない。とりわけ刹那主義のフィリピン人は仮に衣食が足りていてもそれらに配慮しているとは見受けられない。

「持続可能な農業」
 一方、地球規模の環境破壊がすすみ、加えて発展途上国を中心とした人口爆発が予測される中で、多くの分野において「持続可能」という言葉が近年使われるようになった。生活に密接に関わる農業の分野においても「持続可能な農業」が世界的なスローガンとなっている。例としてアメリカにおける「持続可能な農業」の定義を端的に述べると、経済活力を有する、農村社会を支える、生態学的に優しいの以上三つである。これを実現するため、様々な達成方法が主張され、議論されているが、その一つに有機農業がある。近年、グリーンコンシューマー(環境を重視する消費者)、オーガニックトレード(有機農産物貿易)という言葉を頻繁に耳にするが、オーガニック食品市場は世界全体で260億ドル(2001年推定、前年より23%増)規模である。この動きの起爆剤の一つが1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連会議、通称リオサミットである。「環境と開発」を議題に人類の持続可能な発展(または開発)のために行動すべき40の大きな課題とその行動計画の枠組みを定めたアジェンダ21が採択された。農業に関しては、耕作可能地は世界的に限界を迎えており、'軟弱な土地の開発よりも、開発途上国はいまだ農業生産レベルが低いことから、すでに農地になっている土地での生産力を、先進国のような過度の集約化は避けつつ、向上させることに力点を置いている'(「有機栽培の基礎知識」より)。先進国のような過度の集約化とはどういうことか。単位収量向上を第一目的に化学肥料、農薬の大量投与である。

ケミカル万歳
 農業生産レベルが低く、既農地の生産力を向上させることに力点を置かれているここフィリピンにおける農業を一言で述べるなら「ケミカル(化学)万歳」である。現在、わたしは日本でいうところの農水省西ミンドロ州主催、米の害虫対策研修に参加している。そこではケミカルの危険性が語られ、人体への影響を心配してくれるが、実際の研修では化学肥料・農薬が当然のこととして使われている。研修を受けている農民もそれに疑問を抱くことはない。農薬を用いない害虫対策を質問してみても、農薬の種類を教えてくれるだけである。考えてみれば当然のことかもしれない。化学は正しいという迷信の下で育った彼らにとって、いかにアジェンダ21が人類の英知の結晶と呼ばれもてはやされたところで、現実として世界の片隅には届いていない。

 世界の変化のスピードについていけないのは何もフィリピン人だけではない。事の是非はともかくとして、フィリピン人に必死になって追いつこうとしているマンニャンは当然のように化学に頼る。一般的に少数民族はindigenous knowledge(土着の知識)を持っているといわれている。それは化学に頼ることなく、環境に優しい生活の知恵であると。農業に関する限りこの常識はマンニャンに適用できない。これまで半遊牧生活を送ってきた彼らはとりわけ農業に対する歴史が希薄である。元来環境に負の影響を与えることのなかった焼畑農業も周辺の環境変化から休閑期間が短くなり、今では環境破壊の代名詞のようになってしまった。化学を用いる理由も理屈も、彼らマンニャンは理解していないが、目に見える化学の効果には信頼を置いている。

今日の食べ物と明日の世界
 端的にいえば目に見えた効果をもたらしてくれる化学、将来・地球規模のための有機農業と、前述したように刹那主義のフィリピン人・マンニャンがどちらを選ぶかは明白である。合鴨農法、パーマカルチャーと取り組んでいるわたしたちの活動はフィリピン人の性質には反している。刹那主義だけでなく、労働力を要すること、計画性がもとめられることも彼らには不向きである。せめて日本のように化学に対応できるだけの収量を上げていればよいのだが、それさえもできていない。世界の現状を伝え、仮に彼らがすべてを理解しても、収量減を承知で農法を変えるとは考えにくい。もちろん慣行農法もお金とリスクを要するのだが、その日暮らしで明日の食料確保の目処もたっていない彼らに将来の心配を求めるのは非常に酷なことな話である。有機農業は食料の増産の必要性が乏しく、食品の安全性や環境の保全が相対的により重要な国や地域で展開されるべきものという意見もあるが、近年の変化のスピードを見ている限りそのような余裕はないのではないか。

 ここミンドロ島においてどのような化学肥料・農薬が使われ、将来的にどのような負の遺産を生むのかということを早急に見極めること。そして、日本のように化学にある程度まで対抗できるよう、現地での確立した農業をフィリピン人と共に築いていくことが求められている。あるアメリカの先住民族にはこのような言い伝えがある。
 「環境は子孫のために残すものではなく、子孫から借りているもの」
 厳しい見方をすれば、農業自体環境破壊ともいえるが、借りたものを傷つけることなく返すという人の道理にはずれることないようフィリピン人・マンニャンと共に歩んでいきたい。

windmill2005年8月



21世紀協会ボランティアスタッフ
森川 悠太
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