SamSara

森崎由季の

《ミンドロレポートその39》



机上の開発論と現場のギャップ


Yuki&Children



windmill新しい生活

 ミンドロでの生活が始まって早もう一ヶ月以上が過ぎた。

 下見旅行の時から大して懸念もしていなかったが、事務所に毎日のように出没するねずみ、ごきぶり、やもり、時にこうもりといった諸々の動物達との共同生活にも随分慣れた。徐々に解消されつつある便秘と、不覚にも赴任後早速罹った現在治療中の腸チフスを除いて、私のミンドロ生活は絶好調である。

 この一ヶ月間私は、俗にいう'開発援助の現場'で生活をしたことになる。'なんでも実際に行ってやってみればよく分かる'という表現がある。しかし、現在の私にとって開発とやらは、中に入り込めば入り込むほど混沌としてよく分からないものである。現場に自らの生活を置いてみると、プロジェクトという言葉が暗示する時間的、空間的な境界線が、あまりにも歪曲された現実理解だということが分かる。国連のミレニアム開発目標(Millenium Development Goals)をとっても明らかなように、低開発の問題はしばしば貧困、環境、医療、教育、ジェンダーなどと分野別に秩序立って認識される。そして'1日1ドル以下の所得の人たち'などと定量的な指標を作って'貧困者'という現実には存在しない架空のターゲットカテゴリーまでをも作ってしまう。協会が日々接するミンドロのマンニャン族も間違いなくこのグループに含まれる。

経済指標に疑問を感じる

 物事を理解する上で、ある程度のカテゴライゼーションは必要かもしれない。しかしここにいるといかに開発に関する諸々の概念や言葉、論理などが一人歩きして、現場とはかけ離れたところで処理、運営されているかと恐怖心さえ覚える。ミンドロのマンニャン族の場合、所得が1日1ドル以下であるという事実が問題なのではない。この貧困を測る目的で作られた指標はマンニャンにとって何も意味を持たない。仮に1日の所得が2ドルになったからといって彼らが抱える日常の問題が緩和されることはない。現にマンニャンの人たちが自分達が世界の'極貧グループ'に含まれていることは知る由もないのである。

 所得と生活水準との相関関係は、貨幣経済から取り残されたマンニャン族の間には存在しえない。マンニャン社会は物々交換を中心に成り立っており、貨幣経済への過渡期にすらも差し掛かってないのが現状である。その上この世界的な貧困ラインは'個'という概念が普遍的に存在していることを前提としている。まだまだ私のタガログ語は覚束ないしマンニャン達と個人的にやりとりが出来る訳ではないので何とも言えないが、彼らだけではなくフィリピン人に、近代人が指すところの'個''自身'という概念が存在するとは思えない。マンニャンの場合'自分たち=マンニャン'と'そうではない人たち'という認識の方が強いのではないだろうか。

貧困の定義の現実とのギャップ

 元々存在しない価値観で貧困を測定し、貧困を定義づけ、それを数字の面だけで緩和しようとするアプローチはどれだけ有効なのだろうか。開発という概念にしてもそうだが、世界に散在するそれぞれ無比無二?の問題は、全て'外向き'に理解されるべく定義付けられ認識されているのである。各々に独特で複雑な現象に形式的にラベルを貼り付けることによって、貧困の問題はあたかも一括管理し得るものという印象を私たちに与えている。近年では受益者中心、ソフト面重視のボトムアップの援助が騒がれるようになったが、世界の現象を分別して名前を付けるという行為こそ、'持つもの'と'持たざるもの'の力関係の顕著な表れではないだろうか。結局何が問題なのかの決定を下すのは前者であり、後者の貧困の経験や民族独自の合理性が組み込まれる余地は全くない。大体、援助しようとする対象との問題意識の共有なくして、どうして問題が解決できうるのだろうか。開発機関がしている、一つの症状を表面的に見て誤診断し、解決策として不適切な薬を処方する危険さは、ここサンタクルスの藪医者と大して変わらない。

 ミンドロで一ヶ月生活してみて、私は開発産業におけるレトリックと現実の、余りにも大きいギャップに正直ショックを受けた。現場での混沌とした現実は、距離を置いたどこかの組織内で完璧な論理性を持って処理される。しかし私にとって開発とは日々の生活である。ここで開発とそうではないもの、また公と私を分けることは無意味である上に不可能である。開発NGOのスタッフというよりも私個人がこれからどのようにここで出会う人々と真剣に向き合えるかが勝負である。まずは1日も早くタガログ語を習得して、1人でも多くのマンニャンの人たちに私の名前を覚えてもらうことから始めたい。

windmill2005年2月



21世紀協会ボランティアスタッフ
森崎 由季
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