SamSara ミンドロ体験記 -yuki-

ミンドロ島での日々を通して
〜21世紀協会 フィリピン・ミンドロ島での研修より〜
(2000.9.23〜10.3)
関西学院大学総合政策学部2回生
有井佑希
小学校を訪問した有井佑希さん

満天の星

 夜、空を見ているとフィリピンが懐かしくなる。日本に帰ってきてから、何度も夜空を見上げたが、そこには星がまばらに散らばっているだけだ。私がミンドロ島で見た空では本当に数え切れないほどの星が瞬いていた。180度空いっぱいに伸びる天の川を目の前にして、子供みたいにはしゃいだのが昨日のことのように思い出される。

 フィリピンに行くのは今回が2回目になる。1回目は去年の夏に大学のサークルの活動で、ネグロス島のドゥマゲッティ市に家の建設を手伝うボランティアとして行った。そのサークルの先輩である紫垣さんが今年の春卒業し、21世紀協会のボランティアスタッフとしてミンドロ島で働いている。そのご縁で今回、理事長の池田さんの現地訪問にくっついてその活動を見学させていただけることになった。どのようにNGOが現地で仕事をしているのか、実際自分の目で見て、将来の参考になればと思い、秋にむかいつつある日本を去り、夏の国フィリピンへと出発した。

マニラのスラム

 今回の旅でフィリピンのいろいろな面を見ることができたと思う。朝から車のクラクションが鳴り響く都市マニラ、それとは対照的に鶏の鳴き声で目が覚めるミンドロ島での生活。そこには経済、インフラの面での格差がありありと見て取れた。それと同時に都市と農村が抱える問題の違いも感じられた。

 マニラには日本の都市と同じように、人も物もあふれている。しかしその豊かさゆえに様々な問題が存在するのも事実だ。おおきな道路が整備され、そこを走るたくさんの車が出す排気ガスは人々の体を着実に蝕んでいるだろうし、街から溢れ出した人は住む場所を求めて橋の下や海の上へ家を作っていく。海上にせり出して家のひしめくスラムを見学したのだが、五感を通して伝わるその居住環境の劣悪さは写真を見ただけではわからないだろう。ハエが飛び交う暗くじめじめした狭い道を通るとき、異臭が鼻をつき、危なげな足元の木の板はきしきし音を鳴らす。日本で生まれ育った私から見れば、よくこんなとこに住めるなと驚きを隠しきれなかった。いくらひどい環境でもマニラの持つ魅力のほうが人々にとっては大きいのだろうか。

ミンドロの生活

カラバオに乗ってみました。。一度乗ってみたかったんだぁ〜

 マニラにはそんな豊かさがあるということを隣の島の山に住むマンニャンの人々は知っているのだろうか?寮のあるサンタクルスからトライシクルで1時間、それから胸まである川を歩いて渡り、山を上り彼らに会いに行った。そこにはテレビ番組の「ウルルン紀行」に出てくるような風景が広がっていた。木の葉っぱや竹などで作られた家を見て、彼らの器用さに感動し、自然と共に生きているという印象を強く受けた。しかしそれと同時に人々の顔や衣服などに貧しさを見ることもできた。ほとんどの子供が栄養失調であり、乳幼児の10人中8人が死んでしまうという厳しい現実を聞いて、私にはただ驚くことしかできなかった。

 そんな村を離れ、町で学校に通う子供達は、口々に勉強して家族を助けたいと言っていた。そんな子供達を頼もしく思うし、子供達に教育を受ける機会を提供している21世紀協会の活動はすばらしいと感じた。子供達だけでなく大人の人も自分がマンニャン族であるということで差別を受けることを怖がっているそうだ。人々が自分に誇りと自信を持ち、経済的に自立し安定した生活を送ることができる日が来るのを切に願っている。

 マニラだけでなくミンドロ島でも、日本やアメリカを始め外国の企業が手を広げているのが、いたるところで感じられた。TOYOTAを始めとする日本製の車やバイクはフィリピンの道路で幅を利かせているし、マクドナルドやダンキンドーナツなどのファーストフード店は我が物顔に大きな看板を建て、マニラの景色をふさいでいる。グローバライゼーションが進むこの世界で、もはや違う国だから私は関係ないとは言えなくなっているのがひしひしと感じられた。

 ミンドロ島での日々は日本と比べれば不便であったかもしれない。井戸のポンプを汲まなければ水は出てこないし、洗濯も自分で服をこすらなければきれいにならない。しかし、私にとっては逆に面白く、毎日が生き生きと潤っていたように思える。今の日本では何をするにもいろいろなものが間に媒介しており、自分で何かをしたという実感が薄れてしまっているのではないだろうか。洗剤を入れてボタンを押しさえすればきれいになる洗濯機は、確かに私たちに豊かさと自由に使える時間を与えてくれたかもしれない。しかし同時に体を動かして働く喜びや達成感をも奪っているのではないだろうか。

今の日本を考える

鶏の羽根をむしって昼食の支度。。佑希ちゃん初めて鶏をおろす

 サンタクルスの家ではどこでも家畜を見ることができた。私たちが食べ終わった後、犬や豚の食事が始まる。肉の骨や余った残り物を家畜が食べ、ごみはまったくといっていいほど出ていなかった。東京では毎日400万人分の食料が残飯として捨てられているという。その食べ物をフィリピンの子供たちに回せば栄養失調で幼くして死んでしまう子がいなくなるのではないか、私たちが普段日本で当たり前として行っていることは本当に正しいのか、そんな疑問がいくつも私の胸を横切った。

 フィリピンに行って逆に私は日本の現実の姿が見えたような気がする。利益と効率性だけを追い求めたために、私たちは大切なことを忘れてしまったのかもしれない。もっと単純で透き通ったような喜び、楽しみを私はフィリピンで感じた。 もう21世紀が目の前に迫っている。20世紀は戦争・紛争、貧富の格差など様々な問題が起こり、人と人の距離が遠くなった世紀であった。次の世紀はマンニャン族、タガログ人、そして日本人や世界に住む多くの人々が歩み寄り、共生できる世紀になるだろうか。そのような世界を作るために、私も地球の一員として、微力ながらできる限りのことをしていきたい。

 ミンドロ島で活躍するわれらの星、紫垣伸也は今日も輝いていることだろう。

2000.10.30

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