SamSara ミンドロ体験記 -yuki-




ミンドロで見えたもの

(2004.10.24〜11.7)
森崎由季

森崎由季と子どもたち

 冷房が程よく効いた快適なフェリーの中で気持ちよく昼寝していた私は周囲の騒々しさで目が覚めた。ミンドロ島初上陸の瞬間であった。将来の何の目処も立っていなかった。イギリスの大学を卒業し帰国した2ヶ月前を思い起こしていた。寝ぼけ眼に揺れて映るのは、過去(といってもごく最近)一度だけお会いした事のある池田理事長、インターン候補生の森川さん、そして初にお目にかかる現地理事の川嶋氏であった。インターンに応募してからの私の人生の展開は驚くべき速さであった。こうして、これまでの人生で全く関わりのなかった人たちにふらふらとくっついて協会事業地のサンタクルスに到着した。

 私は21世紀協会というこれまでは存在すら知らなかった組織が好きである。まだ組織を支える方々にお目にかかったことすらなく、勿論事業に携わったこともないのでこの感情は直感に過ぎないが私なりに理由がある。協会の'援助形態'や'援助分野'にとらわれない人間中心の事業の展開、教育により良識ある選択を出来る人間を育てることこそが'真の開発'の取るべき手段であり究極の目的であるとする哲学に魅了された。教育こそが自由をもたらすという援助理念は、マンニャン族の貧困や社会阻害からの解放のみならず、アイデンティティの確立、自信の回復や多面的な社会参加なども包括する。考えただけでも気の遠くなる事業である。現場経験が皆無の私にとって開発プロジェクトとは、時間と空間、つまり開始と終了が明確である計画性を持つ事業を意味していた。現地に一時的にではあれ自らの生活を置いてみるまでは、あたかも目に見える、存在が認識し得る物体のようなものを想像していた。しかし数日間のミンドロ生活でそのイメージが崩壊した。

 サンタクルスでの10日間、私はかつてから実現を夢見た俗にいう'開発援助事業地'の現場に居た。しかし現地の生活で'開発'や'援助'という言葉は姿を現さない。現地の第一線で事業を引っ張る川嶌氏も'開発エキスパート'という私の中のイメージとは少々異なり、むしろ'生活人'を究めていると言った方が正確かもしれない。モノや金、技術の還流をもってプロジェクトの経過や終了を把握することが出来ない'人間開発プロジェクト'の現場で見えるものはただひたすら人々の生活であり対話であった。

 ミンドロで寝起きしながら考えさせられたのは、現場から距離を置いた所で頻繁に使われる開発用語の意識的(又は無意識的な)恐ろしさと機能・作用である。大学在学中に毎日のように目にしたきれいに秩序立って並べられた開発言語にはそれ自体に生命があり、現実とはかけ離れたところで暴れまわっているような錯覚を覚えた。

 毎晩ビールを飲みながら川嶌氏の世間話を聞いていると、一つ一つの何気ない会話から膨大な混乱が生まれ、私は途方に暮れた。例を一つ挙げると'受益者'というカテゴリー。川嶌氏の話によると協会の奨学生たちが通う学校の教師が、救援物資欲しさにマンニャンの生徒に売りに出される前の商品をキープさせるらしい。先生の個人的な企みとは知らず'帽子とバッグを持って来るように'と言われた子供たちにとってそれは逃れられぬ任務となる。無視をすれば成績に関わる恐れがあるからである。一口にマンニャン族の開発プロジェクトといってもこの例のように、'受益者'というターゲットカテゴリーとは定義しがたい人間たちが四方八方から何らかの形で恩恵をこうむろうとするのである。別の例では組織の内部で活躍するボランティアの子供たち。元奨学生の彼らは協会で現奨学生の世話係を受け持ちながら、大学進学という協会のサポートなしでは叶えられない静かな夢を追う。

 これらの例から実感したのは、プロジェクトとは外部からやって来た'はこもの'では有り得ず、組織の内部だけでなく外部の人間も含めた様々な立場や考え、意図や企みを持つ個人にもまれて成長するという事である。当たり前の事だがプロジェクトとは、昔から継続されている特有の歴史や文化を持った社会に入りこんでいくものであり、その舞台は常に人々の日常生活という空間なのである。帰国して2週間、再び現地から距離を置くことで見えてきたもの、それは'開発'という言葉は得体の知れない不動の怪物ではなく、その本質は毎日の生活や立場の違う人々同士の複雑な係わり、動性のものということである。

 受益者'と共にあった数日間で、従来の開発で煽られた期待や、開発を'外部からもたらされる当然の物理的援助である'とする認識は協会の事業にはそぐわないと感じた。協会が直接マンニャンの生活を物質的に豊かにしている訳ではないからだ。子供たちに教育の機会を与えるという役目を果たした後、主に事業の行く末を決定するのは子供たちの意思と彼ら一人一人の人生に対する姿勢である。逆に言えば人間開発プロジェクトとは投資と創出の点において計画が難しい、終了のビジョンが立てづらいプロセスである。

 協会が世話する奨学生は受身の'受益者集団'というよりも事業との出会いを踏み台にして未来を切り開いていく自由意志を持った個人の集まりといった印象を持った。自分が'援助者'のカテゴリーに入るのか否かはさて置き、今後インターン生という新しい立場でどのように事業と付き合うべきか。この途方もない包括的な事業に携わるチャンスが与えられた今、正直言ってどのような自分なりの活躍が出来るかということよりも、当面は自分と向き合い、恥も全てさらけ出して精一杯ぶつかることになりそうだ。

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