SamSara

渡邉隆之の

《ミンドロレポートその29》




家族のゆくえ




windmill

みんな子ども好き

 21世紀協会の現地事務所には、大の子ども好きがそろっているようです。誰かが近所の赤ちゃんを連れて来たり、奨学生の家族や知り合いが赤ちゃんを連れて来ようものなら、奪い合いが始まって大騒ぎになります。

 「この子、私の子だよ!」

 と、小さな赤ちゃんをいとおしげに抱く女子生徒やスタッフを見ていると、子ども好きだと思っていた自分自身がしり込みしてしまうほどです。親類かよその子かは、ここではまったく気にしていません。ただひたすら、身体全体で愛情を表現しています。

ボランティアスタッフ

大家族と甘え

 感情表現が豊かな奨学生が多いこともありますが、大勢の家族や親類に囲まれて幼い頃を過ごしたことが背景にあるようです。

 すなわち、親きょうだい、親類、近所の顔見知り。それが自分にとっての世界であり、世界の外へは決して一人では足を踏み入れない。大部分の人同士、互いの人となりを直接または間接的に知っている。身内だからと筋の通らないわがままを押し付けられることがあると同時に、多少の甘えも許される。長幼の序と馴れ合いという惰性が大きく支配する社会。

 程度の差こそありますが、私たち自身も、日常生活において時に感じることがあるものと思われます。

 ジョネルという、小学校6年生の男の子がいます。

 毎夜実施している算数の勉強会で、ある日自分の思うように正解が得られずにいました。正解数がある一定の水準に達しなければ次の段階へ進めないのですが、私が何度説明してもうまくいきません。そのとき、隣で勉強していた年下の女の子に、ぼそっと、

 「まだまだだね」

 と言われ、突然大声で泣き出しました。大勢の奨学生が驚いて注目する前で、

 「みんな僕がうまくできるからしっとしているんだ。たまたま間違ったときにこんな事言うなんてひどいや」

 と、大粒の涙をぼろぼろ流します。

 なんという甘えん坊に育っているのかと、見ていて途方にくれました。

自己主張−マンニャン流

 ジョネルに限ったことではなく、誰もが常日頃からどうにかして自分の主張を通そう、周りに認めてもらおうと必死でいます。奨学生や現地スタッフの関係は、いわばひとつの家族、ひとつのきょうだいのようなものです。「アテ(姉さん)」「クヤ(兄さん)」と年長者に呼びかけていますが、これは年上、目上の者に対する一呼称であると同時に、彼らが過ごした環境や習慣を大きく反映しているようです。友人のようであり、きょうだいのようでもある奨学生同士の付き合い方も、幼い頃からの経験が下地になっています。これはあくまでも、家族の中での自分、家族の中での自己主張なのです。

 アットホームな雰囲気で共同生活を送る一方、タガログ人の友人を連れてきたり、あるいは奨学生に合うためにタガログ人学生が訪れることは非常に機会が少ないです。

 週に一度ほど、私は現地ボランティアと連れ立って学校を訪問し先生方からお話を伺います。

 普段は活発な奨学生でも、高等学校の先生からは、

 「この子は勉強はまあまあできるけど、とにかく引っ込み思案で、動かないタイプですよ」

 「マイノリティという引け目を感じるのでしょうかね。教室に来ると」

 という評価をされていました。学生なのだから、今のうちだからいろいろ挑戦してみてほしいのですが、まだまだ対等に渡り合う段階まではいっていないようです。

 高校を卒業した後に、ボランティアスタッフになる者や出身地の村へ戻って働く者がいる一方、遠く離れた町の大学へ進学する者もいます。サンタクルスの現地事務所を離れ進学した奨学生は、初めは一人残らず孤独感や寂しさを強く感じます。泣いてばかりいた奨学生もいたほどです。進学するまで一緒に生活した仲間か先輩がいなければ、大学進学もおぼつきません。私たち日本人には理解できない猛烈なプレッシャーを感じつつ、サンホセやマンブラオといった大学のある町へ移り住んでいきます。

 勉強に対する、学力の向上に対する、奨学生の若い意識やバイタリティーだけではどうにも解決できない、彼らゆえの事情が大きく立ちはだかっています。

 タガログ人とマンニャンとの間に大きな隔たりがあることは言うまでもありませんが、差別を生ずる原因は双方に存在します。そして、その背景に彼らマンニャンが大切にしている強い家族の一体感や、あるいは一族としての意識があると思えてなりません。

 奨学生たちには、親元を離れ、きょうだいや親戚からも距離をおき、これまでとは違う社会で暮らしているこの時間を大切にしてほしいと思います。そして、一人でも多く友達を増やしてほしいものです。家族や親類といった、自分が生まれる以前から存在した社会に適応するだけでなく、自分自身の働きかけによって自分の世界、自分のいる場所を創造できるたくましさや柔軟性を身につけてほしく、そのために私自身ができることを、考えていきたいと思います。


windmill

2003年8月


21世紀協会ボランティアスタッフ
渡邉隆之
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