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ミンドロ組織図
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ミンドロ事務所組織図

| ミンドロ事務所長 | 農業指導員 | コミュニティー・オーガナイザー | 識字教育担当 | 事務所事務員 | 学習指導員 | 監査役 |

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農業指導員
スタッフ名 :  Joeffrey Saet
(ジェフリー・サエト)
Joeffery
専門分野 : 農学
家族 : 妻×1、女児×1
21世紀協会最初のスタッフ。誰も行きたがらなかった遠隔地にある未開のシプヨ村に入って5年、それまで難航していたマンニャン族への農業技術の移転に成功しました。成功の秘訣は村人の間に入って、寝食を共にし、共に汗を流して働いて村人の信頼を勝ち取ることでした。
略歴
1992.3   西ミンドロ州国立大学農学部卒業
1993〜1994 Apostolic Vicariate Livelihood Inc.で農業指導員として勤務
      コミュニティー作りについてのセミナー受講
1994.11〜2000.11   21世紀協会の農業指導員。
1995    国連協力による害虫駆除法についてのセミナー受講。講師の資格取得。
1996.4   中央ルソン国立大学にて牧畜学のセミナー受講
具体的活動内容
シプヨ村での農業指導 シプヨ村に常駐し、計約55世帯の住民を対象に米作りの基礎技術、トウモロコシと豆類の間作技術を指導した。
シプヨ村での牧畜事業の管理 シプヨ村の家畜(カラバオ約40頭、山羊約30頭、牛約35頭)の飼育方法の村人への教授、健康管理を行った。
シプヨ村民への医療援助 里から遠隔地にあたるシプヨ村住民の健康管理にあたる。医薬品の供給や特に病人の病院までの輸送などを行った。
周辺マンニャン村のモニタリング パイロット事業地周辺の村でのニーズ調査、一部地域での不定期な農業研修(害虫駆除法、米作技術)を実施した。


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コミュニティー・オーガナイザー
スタッフ名 :  Fernand Tuscano
(フェルナンド・トスカノ)
ディン
専門分野 : コミュニティー・オーガナイジング゙、農業
家族 : 妻×1、男児×2、女児×1
21世紀協会のスタッフの仲間入りし、無秩序状態のカラミンタオ村に秩序を戻し、自立への精神的基盤を作ることに成功しました。
略歴
事故、入院のため建築科中退(1973)
地上無線技師資格取得(1975)
農協活動のための各種セミナーに参加(1976、7)
サンタクルス、バラハン地区農協事務局長(〜1979)
Four-D Overseas, Corp.外資系縫製工場品質管理副部長(1984〜1985)
灌漑管理、農作物管理についてのセミナー参加(1989)(国立灌漑局主催)
ポストハーベスト技術についてのセミナー参加(1991)(農林省主催)
PPCRV(自主的選挙管理組織)のサンタクルス地区議長(1995、1998)
21世紀協会スタッフ(1996〜)として現在に至る
具体的活動内容
カラミンタオ村協同組合の指導、管理 定期的にミーティグを開き(週1回程度)、組織のあり方、共同作業の進め方について指導。
共同農地の経営 協同組合の経営する共同農地(約0.7Ha.)の管理、運営責任者。ここで収穫された野菜は奨学生に供給された。
各組合員に農業技術の指導 農業技術、農地の運営方法を各組合員に教授。特に今期は野菜栽培の技術を指導。
協会農地(水田)の経営管理 新たに借り入れた水田(約1Ha.)の運営・管理を開始(1999,5〜)。
研修生の指導 元奨学生2名に共同農地や協会農地で共に働きながら、農業技術、経営方法をOJTにて指導。
カラミンタオ村民の健康管理 医療品援助の一貫で、カラミンタオ村担当。緊急の場合の医者への連絡、医薬品の供給、患者の輸送を担当した。


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現地事務所事務員(シプヨ村識字教育担当)
スタッフ名 :  Bernaldo Monteclaro
(ベルナルド・モンテクラロ)
Enans
専門分野 : 農学
家族 : 独身
男性ながらミンドロ島の学生寮の運営に細々と心を遣い、寮の秩序を保つ役割を果たしました。今年からはシプヨ村の識字教育に当たります。
略歴
1994.3  西ミンドロ州国立大学農学部卒業
1994.4〜1995,4 サンタクルス郡役場にて臨時事務員として勤務
1996.5〜2000.3  21世紀協会奨学生担当、事務員、識字教育担当
1999.3  西ミンドロ州国立大学初等教育科にて教育学を履修
具体的活動内容
現地事務所秘書 日本人スタッフ(現地事務局長)の秘書として活躍。
奨学生担当 サンタクルスで寮生活する20数名のマンニャン奨学生の毎日の生活指導、食料の調達、学校当局との連絡などを行った。
識字教育担当 1998,9からシプヨ村の識字教育の担当として、週4日村に滞在、授業にあたるとともに児童の給食の供給を担当。また、教授スキルを向上するため、1998,6から1999,3まで地元の大学で初等教育の講座を受講。


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現地事務所事務員
スタッフ名 :  Rhea Barraca
(レア・バラッカ)
Rhea
専門分野 : コンピュータ、秘書
家族 : 独身
一番新しいスタッフです。前任秘書のモンテクラロが識字教育のためシプヨ村に赴任したため、仕事を引き継ぎました。
略歴
1996,3     西ミンドロ州国立大学コンピュータ秘書科卒業
1997,4〜1998,3 サンタクルス郡役場副市長室付コンピュータ・オペレータとして勤務
1998,5〜    21世紀協会事務員補佐として現在に至る。
具体的活動内容
現地事務所秘書 日本人スタッフ(現地事務局長)の秘書として活躍。
奨学生担当 サンタクルスで寮生活する20数名のマンニャン奨学生の毎日の生活指導、食料の調達、学校当局との連絡などを行った。
医薬品管理及び支給担当 日本人スタッフ(現地事務局長)とともに医薬品の管理、支給を行った。


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現地事務局長
スタッフ名 :  Hiroyuki Kawashima
川嶌寛之
Hiro
専門分野 : スペイン語、ドキュメンテーション
家族 : 妻×1、女児×1
21世紀協会がはじめて事業地に派遣した日本人スタッフ。慣れない土地で悪戦苦闘の数年を過ごしましたが、今では永住ビザも取って現地にとけ込んでいます。
略歴
1988,3     上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業
1998,4〜1993,7 日本コンベンションサービス(株)勤務
1995、5     21世紀協会からリエゾン・オフィサーとしてフィリピン派遣
1996,6〜    現地運営の全体責任者としてこれまでに至る
具体的活動内容
事業運営総合責任者 現地事業の全ての指揮、管理を行った。奨学金事業や医薬品供給事業は日本人スタッフが中心に運営、物資の購入、支給までこれを行った。また、各事業地を定期的に訪問し、受益者とミーティングを開催、進捗状況のチェックや受益者の意見を聴取した。
奨学生担当 サンタクルスで寮生活する20数名のマンニャン奨学生の毎日の生活指導、食料の調達、学校当局との連絡などを行った。
事業プランナー 各スタッフや受益者と相談しながら、毎年の事業計画、長期計画を作成した。
事業運営総合責任者 現地事業の全ての指揮、管理を行った。奨学金事業や医薬品供給事業は日本人スタッフが中心に運営、物資の購入、支給までこれを行った。また、各事業地を定期的に訪問し、受益者とミーティングを開催、進捗状況のチェックや受益者の意見を聴取した。
現地会計責任者 日本から送られる資金の受領、両替、資金管理は日本人スタッフの重要な機能である。個々の事業の帳簿は事務所スタッフが中心に作成されたが、そのチェック、管理、また日本への会計報告は日本人スタッフの大きな任務である。また、各スタッフや事業の受益者である奨学生等に帳簿のつけ方を教えるなど、会計業務はしばしば教育の一環として行われた。
事業プランナー 各スタッフや受益者と相談しながら、毎年の事業計画、長期計画を作成した。
日本とのリエゾン機能 資金繰りや事業の進捗状況など、日本との定期的連絡は日本人スタッフがこれを行った。また、郵政省ボ貯金事業向け各種報告書のドラフトの作成も日本人スタッフが行った。
奨学生担当 サンタクルスで寮生活する20数名のマンニャン奨学生の毎日の生活指導、食料の調達、学校当局との連絡などを行った。
地元機関との協力 奨学生が通う学校との定期的協議、文部省や郡政府への陳情、交渉などは日本人スタッフが中心にこれを行った。
活動カレンダー
1998,7  郵政省ボ貯金配分金事業完了報告書作成
1998,8  21世紀協会現地法人化について法律顧問のRamon A. Pedrosa(弁護士)
	 と相談開始
1998,8  地元文部省(DECS)教育長(Ms. Portia P. Gesilva)とシプヨ村での公立学校開
	 設の可能性について協議開始
1999,1  来期事業計画の原案、長期計画の見直し
1999,3  日本へ一時帰国、事業計画について日本側会員と検討、最終稿作成
     ハーグ平和会議フィリピン地区大会参加(マニラにて)
1999,5  事務所が手狭になったため、奨学生の寮ともに引っ越し
1999,6  事務所兼寮用敷地(約1,200平米)を購入
     郡役場の許可を得てSari-Sari店(雑貨店)を開店


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