SamSara



《ミンドロレポートその5》




ディア ペアレンツ

〜子どもに傘がないときどうしますか?〜



小学校の教室で。。紫垣は左端

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前略 両親様、

 お元気ですか?私は元気です。

 今朝、事業地であるカラミンタオ村までのみちのりで、真青な小鳥が私の目の前を横切りました。青以上に青い、あの青さをまさしく"蒼穹"というのでしょう。"幸せの青い鳥"という題の本を書店で見かけたことがあります。読んだことはありませんが、この本の題名から都合よく察すれば、青い鳥というのは幸せの象徴であり、それに出会えた私はその幸せのおこぼれくらいは得ることが出来るのでしょうか、そう期待します。

 11月にさしかかってもミンドロ島はまだまだ暑く、中学校の地理の時間に習った"熱帯雨林気候"を今、肌上で生生と復習しています。物心ついたころから本やテレビで日常では経験できない物事を知り、想像し、夢を持たせてくれる"地球"というものは非常に興味深い物体でした。そして今、20数年間過ごした工場と人間の密集した尼崎市とはまったく異なる地で生活し、ボランティア活動ができることは、新たな地球の側面を肌で感じるには十分な条件にいます。言うなれば江戸幕末の志士、高杉晋作の句"面白き事も無き世を面白く"を実践したような気分の人生です。私が現在その様な人生を歩むことが出来ているのは、数え切れない多くの人が私の人生を助け、アドバイスをくれたおかげであり、そしてその中でも最大の協力者は両親でした。

 私は、大学受験を一度失敗し、浪人して大学に入りました。経済的にも決して余裕のないわが家において、それは大変だったと思います。その分両親は余計に、大卒の看板を下げて素直に日本で就職してそれなりに稼ぎ、何らかの経済的貢献を期待していたはずです。しかし・・・現在、私は無給ボランティアでミンドロ島へ赴き、マニュアルのない人生を歩もうとしています。

 学生時代から何度か短期ボランティアでフィリピンを訪れたことがあり、日本国内でも障害者福祉活動等に参加し、そういう経験から卒業後はNGO関係で働きたい、と漠然に思っていました。しかしながら日本には"世間体"という巨大な波があり、その波と共に生きることが「日本国民の是」とされる傾向があり、自分の希望というものは二の次になってしまいます。そんな中で私は、就職をするにしても何にしても自分の希望を二の次にしてしまってはならない、と波を逆に意識しながら思っていました。結局私は自分の希望どおりの選択をすることができたわけですが、それが実現できたのは両親の一言でした。

 「ボランティアでもなんでもええけども自分で何とかしいや。とりあえず人様には迷惑をかけないように。今んとこ俺らも元気やし。」

 私の理解が正しければ、この一言は私への信頼表明だと受け取れたのですが、どうでしょうか。いずれにせよ、これまで心身ともに私の成長において最大の貢献をしてくれた両親が、更に私に人生を面白く生きるという許可を与えてくれたことに改めて感謝します。いずれご恩返しをしますので、もう少し待っていてください。

 とりあえず21世紀の夜明けはフィリピンで迎えます。

では、お元気で。



大きかった自分の「親」

 私の両親は、世間一般でいう典型的な"庶民"で、特に学があるわけではなく、財があるわけではなく、欲もさほどありません。争いごとはなるべく避け、ことなかれ主義を第一に考えるタイプです。客観的に見て魅力のない人物であると思います。しかしながら私にとって、この世に生まれて20年余り、衣食住の世話や教育を受ける機会を与え、更に現在、人生の自由を与えてくれる両親の存在は大きく、今の自分は両親をなくして語れないと感じています。

奨学生の「親」は?

 共に生活しているマンニャン族奨学生との交流の中で、よく「親」の存在について考えます。例えば、私たちは「教育の機会を与える」事業を行い、そのために必要な衣食住を提供しています。学校に通わせるために山奥の自分達の村から離れて寮に住み、そこで生活する上で必要な食事、日用雑貨、学校に行くための制服・文房具等を提供します。高校生までは公立で学費は必要ないのですが、大学になると学費に加え、私達の寮とは離れたところにある大学の場合、個別の寮費、生活費がかかります。十分ではないにしろ、それらの経費は支給されます。

蒼天のもと、村に向かう

 では、奨学生の親の役割とはなんでしょうか。21世紀協会によって教育の機会が与えられ、そのために必要な衣食住が提供される現状において、彼等の親はどこで、どういう風にして親であることを示すのでしょうか。

 親の在り方の一つの答えとして、親が子のために働いてお金を稼ぎ、それで子を養うことが親子関係をより深いものにする方法として適切であるといえます(例えば私はこの方法で育ち、それによって親を尊敬の眼差しで見ることが出来ます)。が、それは、貨幣経済の上に成り立っている家族に対して可能な方法であり、マンニャン族のようにそのときどきに欲しいだけの食糧を狩猟採集し、時々物々交換によって生活を成り立たせている社会に適用しがたい方法です。かといって子どもをずっと山に住ませ、学校に行かさなければ、低地に住み教育を受ける機会のある子どもとの知識の格差は広がるばかりです。そして知識の差は、悪用されれば人権侵害や人種差別問題を引き起こすことは明確です。結局、現代の社会システムと子ども達の将来を考えたとき、いかなる条件においても最低、義務教育は受ける必要があり、貨幣経済上に生きないマンニャン族に21世紀協会が率先して教育の機会を提供することは大きな意義があるといえます。

親子の絆

 かといって民族の将来を考えたとき"親と子"の絆も重視しなければ、いずれ子が親になったとき、親のあるべき姿というものを見失ってしまい、それは彼らの子に対して悪影響を及ぼす可能性が予想されます。どこまで考慮して援助することが適切なのかわかりませんが、少なくとも私は、奨学生とその親とは尊敬しあい、されあう関係であって欲しいと願っています。それは"奨学金事業"という親子関係の仲介に入るような事業を行う立場としてでの願いでもあります。そのためには奨学生に親の大切さを理解してもらうとともに、親にも子の将来のためにいかに行動すべきか考えて欲しいと伝える事が重要です。

 再び人間関係について「特に目にみえるものでもないのに、何か得るもの、失うものを感じる」これが人間関係の醍醐味だと思われます。

 奨学生の親は子を協会に預けたら預けっぱなしの状態になり、寮で滞在中は教育に必要な物資はほぼ100%協会が提供します。貨幣経済上にいない親にそれらの自己負担を要求することは不可能に近いわけですが、かといって協会が提供することが当然であるという意識を持たれることは、危険です。なぜなら、親が「私達はお金が無いからなにもできない。欲しいものがあれば他人様(例えば協会)からもらいなさい」と子に伝えたとすると、子は「お金や物は他人からもらうもの」だという意識を生み出すことになり、結局子の経済的自立は意識の上から遠ざかってしまいます。更に言えば「親とは、他人に頼って子を育てるもの」だという考えも持たないとは言い切れません。あくまで例ですが、親が「私達はお金が無い。だから山で採れるバナナでしか貢献できないが、寮に持っていってみんなに食べてもらいなさい。」という態度を子に示すことが出来れば子は「親は、お金はないが自分のことを考えてくれている」と少なくとも思えるはずです。更に想像すれば「協会から提供される物資は、親のバナナのおかげなんだ」と何分の一かででも思うことができれば、親子の関係はより深いものになると思います。

もらって当然の気風

 人にもよりますが、協会から物がもらえることが当然と思っていて、物を大切にしない、特に公共物を雑に扱う奨学生がいます。例えば、協会の公共物の傘は、頻繁に壊されたり無くされたりします。川嶌氏(現地理事)は、この状態に懸念を覚え、遂にいくら傘が壊れても追加に提供せず、いかなる豪雨であってもあるだけの傘で一つの傘に何人も入って学校に行かせました。ある奨学生は傘に入れなかったので走って学校に行きました。日本で生まれてからこのかた傘に困った経験が無い方にとってこのシチュエーションには多少複雑な印象を持たれると思われます。多少無理をすれば傘を購入することも不可能ではなく、日本から頂いた援助物資の中にもいくらか傘はあるのですが、あまりにも簡単に公共物を壊してしまう奨学生に対して、物は大切に扱わなければならない、協会から物がもらえることを当然と考えてはいけない、という価値レベルの教育がその判断にあるといえます。元来山奥で自然の成すがままに生き、大切にする物を持つ必要の無く育った奨学生に物の大切さを伝えることは大変なことです。時にはこういった身体で覚えてもらうという教育も私は必要だと考えます。皆さんはこの様なシチュエーションのとき、どういう風に奨学生と接しますか。

川を渡る現地スタッフ。左から紫垣、レア(会計担当)、ヘルミー(識字教育担当)、川嶌(現地所長)

 もっとも自分が共に住む奨学生と接する際に頭を使うときが、こういった何気ない日常生活で判断を要するときにあります。しかもその判断が普遍性を持つ答えであるとは言い切れず、ひょっとしたら思わぬところから強い批判を受けるかもしれない、そういうプレッシャー、或いは一種のストレスを負う可能性もあり、それはなかなかの重労働です。しかしながらその判断を積み重ね継続していくことこそが、この地で共に生活するということの意義ではないかと思います。奨学生の親と接するときも同様で、援助を受けることのみを考えている人達に逆に我々に何らかの貢献をしてくださいと伝えるとすれば、援助をする側とされる側が共に生きる上で適切な選択肢を得るための"価値教育"の必然性を互いに学習していかなければなりません。奨学生の将来、更には彼らがいずれ親になって子を産み、その子の将来も考えたとき、今こそNGOという立場で奨学生の親とも正面からぶつかり合い、お互い積極的かつ建設的な議論を交わしていく必要があると思います。そしてそれは複雑な現代社会に生きるマンニャン族の"持続可能な発展"を目指すための第一段階であるといえるでしょう。

 ・・・論議を交わす、しかも日本語の通じない皆さんと・・・
当面、私の第一の課題は言語ということになるでしょう。


windmill

2000年11月


21世紀協会ボランティアスタッフ
紫垣伸也
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