SamSara

《ミンドロレポートその4》




人間関係とアイデンティティー


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windmill 赤血球は120日で入れ替わる?

 先日、韓国に鍼灸の修行に出掛けている高校時代の友人から葉書をもらいました。"人間の赤血球は120日で完全に入れ替わるので、半年間韓国で過ごした僕の体内にはすべてキムチ等の韓国料理で作られたんだと考えると不思議です。"私も最近、ミンドロ島滞在120日を超え、とすると現在の私の生命はフィリピン産の豚やエビやバナナが維持してくれているのでしょうか。人間は、自分を生かすために豚を殺すという罪を犯し、生き続けるためにはその罪を背負い続けていかなければならない、という考え方がキリスト教にあるといいます。しかしながらそんなことをいちいち考えると豚に気を使いすぎて食欲を失う可能性もあり、体力を必要とされるこの場において個人的には極力避けたい教えです。かといって私の生命を維持してくれるということに関しては豚を評価したいので、一応"感謝"という気持ちは持とうと思っています。

 豚を殺し、それを食らって生き続ける生への厳しさを認識する、にしてもそうですが、今になって、というよりこの様なNGOのボランティアとして現地滞在することで一層、ある種生々しい程自分自身が自分一人で成立しえない存在であることを感じることができます。その感覚を構成する要素の中で最近特に考えるのは"人間関係"についてです。大学時代、国連で長く働いておられたゼミの先生が常日頃人間関係の大切さを説いていたのをここミンドロ島で思い出しました。数ヶ月間の今までとは異なる環境の中で私なりの一つの結論を出せば、人間関係をできるかぎり自分の納得する形で構築していくことが、少なくとも私自身がここで気分良く生活するための最大要素になる、と言い切ることができます。

友の訪問

パクパク村で

 9月23日〜10月3日に21世紀協会理事長の池田晶子氏と大学生の小泉永君有井佑希さん(二人は私の大学時代の友人)、今年大学を卒業した国金さつきさんが現地視察のため来比されました。各々、日本でしか手に入りにくいお土産(日本語の数学教科書、本、友人からの手紙、お茶、ふりかけ、備長炭、等)を持ってきてくださり、ひととき故郷を懐かしむことができました。しかし今回の来比で何にも増して嬉しかったのは、彼ら自身の来比そのものでした。やはり日本語を存分に話せ、理事長の叱咤激励を受け、久々に友の顔に会えたことは十分に私をリラックスさせてくれました。こういう感覚も人間関係という要素が作りだすエネルギーだといえます。

 約一週間のミンドロ島滞在中、山を越え、川を渡り、事業地であるマンニャン族の村をいくつか訪問しました。村の人達は、少し白めの黄色人種の集団を多少牽制しながら眺めていましたが、共に飯を食い、簡単な文化交流をするなかでだんだんと緊張がほぐれていった感じを受けました。町に帰ると、学校から帰ってきた奨学生が私に「あの人達(有井、小泉、国金)に一緒に遊ぼう、と伝えてよ。」としきりに言ってきます。初めは引込み思案でしたが、その辺は子どもの天技というか、日本のお兄さん、お姉さんが童心を持ち得ていたからなのか、2、3日でハロハロ(比語でごちゃ混ぜという意味)になってわいわいやっていました。夜は、奨学生の算数を見てもらいました。学年に年齢が比例しない少数民族の奨学生達を指導した印象はどうだったのでしょうか。私の経験上、彼らの算数の指導において一口では言い表せられない心境になったので、そのへん彼らはどうなのか伺いたいところです。

ボディーブロウ

 短い期間でしたが、池田氏ともよく話をしました。多くが私への鋭いアドバイスで、語学力が低い、自信過剰なところがある、人の意見を聞かない、察する能力が甘い、その他もろもろあらゆる角度からきついボディーブロウを食らい、次の再会までに自分のどこを鍛え直すか考えるきっかけを与えてくださりました。川嶌氏(現地理事)の話では、池田氏のボディーブロウは有名で、しかしながらそれだけの指摘を私にしてくださるということはそれだけ真剣だという意味で、つまりそう考えればありがたいものです。そういえば小泉君も池田氏の指摘はよい刺激になる、と言っていました。いずれにせよ今回の4人の訪比は、私にとって素晴らしい堆肥となり、新たな挑戦への具体的方針を定める糧となりました。

 再び人間関係について「特に目にみえるものでもないのに、何か得るもの、失うものを感じる」これが人間関係の醍醐味だと思われます。

 今回の池田氏の在比中、フィリピン人スタッフの一人が辞職されました。協会で長く働いておられたのですが、協会側との意見や要望の食い違い等で、去ることを決意されたようです。協会から去っていく際、私に消しゴム程度の水晶をくれました。彼が協会を去ることは目にみえる形で明らかに失うものだといえますが、それ以上に双方に目にみえない形で何らかの得るものがあったからこそ、こういう結果をお互いが選んだ、という考え方が、真実はどうか別にして私が作り上げた理屈です。

 ここまで書いたとき、人間関係、というものは扱いかた次第でプラスにもマイナスにも作用する、一種の力学的要素があると思わざるをえないようになってきました。そして、その力学的要素を自分自身にうまく作用させるためには、支点となるアイデンティティーを考慮する必要があるといえます。

私のアイデンティティー

奨学生たちと伸也君(学生寮の前で)

 フィリピンで会社を経営されている母大学のOBの方にマニラで食事をごちそうになったとき、その方は「異国の地においては特に、アイデンティティーを持つことが大事だ。」とおっしゃっていました。国民性、宗教、文化、習慣の異なる人々と共に仕事をし、時には生活し、それなりの人間関係を作るためには"自分とは何であるか"という問いに関して自分なりの主張と認識をもたなければ、思わぬところで誤解が生じ、問題を引き起こす可能性がある、ということを経験を踏まえて話されました。"アイデンティティー"というものは以前から自分を知るという意味で大きなキーワードになりうるとは思っていましたが、現実問題としてそれを必要とされる環境に自分が置かれているのだということをその時具体的に知りました。

 では、私のアイデンティティーとは何でしょうか。 例えば国民性について。現在、私はまだ24歳という弱年者です。一時代前の日本国民にとっては「日本」という語感は山のごとく重く、確かにその思想の師匠だったかもしれませんが、私ほどの世代になると、日本といわれても差ほどぴんと来ません。私などは、植物の種子で言えば、帝国主義時代の日本から出て、空中に飛散し、適当に根をおろした群落の、更にその種子によって育ったというべき年代です。そのせいか、フィリピンの友人や知人によく「君は日本人だから」と言われても、だからどうなのか、と納得をする気になれないのです。

 もう一つ例をあげれば宗教について、自分の宗教を主張できない人間は、国際社会においてアイデンティティーが欠如しているとみなされ、馬鹿にされる、という話を良く聞きます。かといって、困ったときとお墓参りのとき以外は拝むことが無いのに私は仏教徒である、とはっきり言いきることは出来難いです。言い切ってしまうとむしろ開祖に失礼な気もします。また、大学受験のときは京都の北野天満宮に合格祈願に行き、更に、キリスト教の厳かな空気と音楽を楽しみ、日常を反省する時間を持つためにたまに教会に行くこともあります。どの宗教もそれなりに魅力を持って、私の気持ちを落ち着かせ、時に楽しませ、また副次的な財産としてそれぞれの宗教の場から友人ができるという点などを考慮する上で、一つを選ぶということはできないのです。

 ひょっとすると、"一般論"としてアイデンティティーを必要とされるそれらの個所に現在アイデンティティーを持つことができない私は、協会のボランティア活動中大きな障害にであうことになるかもしれません。かといって妥協してアイデンティティーを設定することは虚像の自分を作るかもしれない、というもっと危険な予想もできないでもなく、その辺の狭間がなかなか難解です。

 結局、申し訳ありませんが、現段階では私のアイデンティティーは何であるかという答えを文字によって明確することはできません。しかしながら人間は、人それぞれ異なる感覚を持っていて、特に言葉が異なる地域に滞在する際、その差は大きくなり、そういった人々とうまく付き合うためには、ある程度の緊張感をもって"人間関係"を意識し、アイデンティティーを持たなけばならない、ということはわかりました。では結局、私は21世紀協会のボランティアとしてどうすれば、どういったかたちでアイデンティティーを持つことができるのか・・・それに関しての文章化は、これからの課題ということで許してもらえますでしょうか。

大豆ロゴ

大豆

 とりあえず強引ながら話題を変えます。


 池田氏が来比の際、熱帯に強いといわれる7品種の大豆の種子を頂きました。どの品種がここミンドロ島に最も適するかという実験が主旨なので、交配を避ける理由で7ヶ所の距離のある民家を選択してそこの庭を貸して頂くことになりました。土地を借りる交渉をしてくださった協会のスタッフは私達の滞在先の主宗教であるキリスト教の教会関係に密で、知り合いが多くどの民家の人とも気持ちよく交渉が成立しました。それぞれの庭主さんとスタッフに感謝するとともに、改めて人間関係の大切さを痛感しました。

 ・・・それらの畑に10月12〜13日にかけて播種しました。大豆は3ヶ月程度で収穫です。うまく実がつけば、私の人生においても何らかの実になりそうな予感がするので"素人農業"ながらもそれなりに力を入れたいです。生育の経過は(種が死なない限り)、後々レポートでお伝えします・・・。

 そろそろ雨季も終わりです。これから爽やかな太陽光線を存分に浴び、周りの植物、動物、人々とともに光合成に励みたい、と思います。


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2000年10月


21世紀協会ボランティアスタッフ
紫垣伸也
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