SamSara

《ミンドロレポートその2》

ミンドロの雨に唄えば・・・


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周囲は洪水

 今朝も快便!私の一日のリズムは、この一瞬で決まるといっても過言ではありません。

 夜明けとともに目を覚ますマンニャン族奨学生が彼等固有の言語でおしゃべりしながら朝ご飯の支度や寮の掃除をする物音で午前6時に起床、食前のインスタントコーヒー、朝食、トイレと水浴びのワンセットをこなして、すっきりした気分で2回目のレポートを書き始めます。7月から本格的な雨季が始まり、雨の降らない日がなくなりました。事務所兼滞在地(隣接して奨学生の寮)は海から徒歩約30秒の至近距離で、低地にあるため多少の豪雨で周囲は水浸しになり、家の入り口寸前まで牛のうんちや、おびただしい数のおたまじゃくし、ぼうふら、その他様々なゴミを浮かべた水が押し寄せてきます。汚水慣れしていない私にとってそれは抵抗のあるものですが、奨学生達はなんということもなく、じゃばじゃばと膝上まで浸かりながら元気よく学校に通っています。

サンタクルスの海に沈む夕陽。。美しい景色とは裏腹に、生活は厳しい

 フィリピンは一般的に6月から10月までが、台風やモンスーン、熱帯性低気圧をふんだんに含んだ雨季です。雨が降ればぐんと気温が下がり、過ごしやすくはなりますが、降りすぎて洪水になると大変です。特に私達の滞在する町は、インフラ整備も悪く、2、3日の豪雨で国道は水浸しで通行不能、海は荒れて島外へ通じる唯一の媒体である船は欠航となり、そんな海には漁師も出られず、畑も収穫不能、市場には食べ物が並ばなくなります。そういう時に限って停電も長期間に渡る。こうなってしまったら仕方がないので、家の中で次の日の夜明けが来るまでじっとしています。夜はローソクを前に、生ぬるいビールを飲んで9時には眠ります。



算数の指導

 台風を伴った豪雨になると、奨学生が通う学校も休校です。7月5日から3日間、断続的な激しい雨で連続して学校が休みになりました。家の周りも水中庭園状態になっていて身動きが取れなくなり、いい機会なので寮でじっとしているしかない奨学生の算数をみることにしました。

教室で。。どうしても女子高生の隣に座りたがる伸也君

 指導方法としては、各々の学力にあったレベルの計算式が表記されたカードを渡し、添削するという単純なものですが、完璧に正解するまで何度もやり直してもらい、しつこいくらいのドリル学習を行ないます。彼等の学力、特に数学という面においてはお世辞にも優れているとはいえません。小学3年生でも3桁の引き算ができなかったり、小数の掛け算に苦悩する高校生もいます(ちなみにフィリピンでは小学校〔6年〕の次が高校〔4年〕)。生まれてから当協会の奨学生となるまで人里離れた山奥で全くといっていいほど文字・数字文化に触れることのない環境にあったという事情を考えると、納得ができないでもありません。しかしながら、そこで彼等のかつての教育環境の貧しさに妥協し、こんなものだと見切りをつけてしまっては、わざわざ山から降りてきて奨学生になった意味はなくなり、更に言えば彼等の将来に幅広い選択の可能性があるという認識まで導くことにはならないと思います。奨学生の一人で27歳 (推定、あるいはそれ以上)の小学一年生がいます。彼は、現在マンニャン族の一つの村の村長ですが、何を思ってか教育を受けるべく山から降りてきました。週末には山に帰り、村の長として農作業やその他の庶務にいそしみます。算数の能力は、学年どおりの小学一年生レベルで、現在二桁の足し算、引き算に挑んでいます。私は24歳で、年齢は彼よりも年下で指導するにも多少気を使うところもあるのですが、彼がせっかく山から降りてきて、学を身につけようという姿勢を尊重するならば、妥協せず他の奨学生と一緒に指導することが正しいと考え、実行しています。

 算数の指導とともに、彼等の表現力を高めるという意味で音楽による積極的な交流もはじめています。彼等は山奥で生活してきたせいか、一般的に社交性に欠けるところがあり、また、ひとりひとりは能力があってもみんなで何かをする、例えばみんなで一緒になって歌を唄うということに慣れていません。私は『みんなで唄う』ということで、将来彼等が出ていかなければならない社会集団に適応できる能力を養うことができると考えます。黒板にお手本の歌詞を書いてそれをノートに写してもらっています。文字を書くということに慣れていない子には大変なようですが、これも勉強です。唄うという経験がないぶん、私も含め音痴な子が多いですが、みんな何気に興味はあるようで、今のところそれなりに充実しています。この様な交流をする中で徐々に彼等の事を知ることができるのは私にとっても大きなメリットです。

マラリアの季節

 川嶌寛之氏(現地理事)から、この時期になると奨学生の多くがマラリアを再発するということを聞いていましたが、やはり今回も算数や音楽を指導した時に、何人かが寒気や咽の痛みを訴えたり、咳き込んだりしていました。私達が支援しているマンニャン族の集落は推定でほぼ100%がマラリアに感染しています。ミンドロ島ではマラリアは2種類あり(三日熱マラリア、熱帯性マラリア)、悪性のものになると人を死に追いやったり、脳障害を及ぼします。マラリア原虫をもったハマダラ蚊の生息地は限られていますが、私も時々視察のために山奥の彼等の村に入るので気を付けなればなりません。

山奥の村を訪問する道すがら

 充分な医療措置を施せばマラリアも予防可能なのですが、当協会としてはいかんせん経済的に限界があり、また当事者であるマンニャン族自身の経済力がほぼ皆無であるという現状において、それは困難を極めます。無教育で、その日暮らしの狩猟採集を主とするマンニャン族は、貨幣経済の波にうまく乗りきれていません。恐らくこのままフィリピン社会に溶け込まなければ、今後更に複雑化する現代システムの中では滅びるしかない、と私は考えます。現在、フィリピン人スタッフのJoeffrey Saet氏、Fernando Tuscano氏が二つの村で農業指導を行なっています。農業によって自立した生産能力を身につけ、将来的に援助を必要としない村を作ることができれば、と期待します。

 それにしても数名の奨学生にぶり返したマラリアは、マンニャン族固有の強靭な体力で2、3日で治まったようです。かといって全く油断はできませんが、日本の陽炎のような透き通った素肌の現代っ子とは比較にならない回復力です。

 今、書き始めて数日たった夕方5時半です。再び台風が接近しているようで、昨夕から断続的に強い雨が降っています。奨学生は普段どおり薪で火をおこし、食事の支度を始めました。外で遊んでいる男の子もいますが、結局濡れてしまうので上半身は裸です。太陽をまんべんなく浴びた彼等の素肌は、私の部屋に徘徊する褐色のゴキブリのごとき、しぶとくも逞しい色合いと輝きを持っています(あくまでも外見のみについて・・・)。その逞しさには一種の憧れを感じるほどです。

武力衝突!

 ・・・7月17日発売の"TIME"誌に珍しくミンドロ島の出来事が記載されていました。警察と共産軍との武力衝突で13名の死者が出た、という内容でした。四国の半分程の大きさのこの島の一地域でこのようなな悲惨な出来事が起きているということに、恐ろしさをおぼえると同時に残念なことです。私達のような力の無い人間ができることは飛び火がここまで来ないように神にも仏にも祈るのみです。とにもかくにも私達は私達なりに懸命に日々充実した生活を送り、雨にも風にも病気にも、悲惨な争いごとにもまけず、奨学生とともに元気に、力強く歌を唄っていきたいと思います。

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Dignity, always Dignity・・・

2000年8月


21世紀協会ボランティアスタッフ
紫垣伸也
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