SamSara



国金さつきの
《ミンドロレポートその24》



ある奨学生に起きたことから−1
―科学と神秘の世界の狭間で―

パクパク村で健康セミナー

事件事件の毎日

  奨学生たちが学期末試験の真っ最中、8月の下旬のことです。「毎日良くもまあこんなに色んなことが次から次へと起こるものだ」と、特殊なこの環境にも徐々に慣れてきた滞在二年目の私でしたが、突然襲ったのは恐らくこれまでで最も大きな出来事でした。

 8月23日金曜日、折悪しく川嶌現地事務所長がNGO研修参加のためフィリピン国内不在の時でした。日の出の時間にはまだ少し早い午前6時前、いつもよりやたら騒々しく、隣の子どもたちの部屋から誰か泣き叫んでいるような声がしたので彼らの寝ている部屋を覗くと、ある一人のマンニャン奨学生の女の子が「神の声を聞いた!」と興奮して叫び、飛び回り、休むことなくひたすら喚いていました。彼女は現奨学生の中でも最もおとなしく内気な性格の一人で、何か乗り移ったのではないかと思える豹変振りに皆仰天していました。目を見開いて跳ねて喜んでいる次の瞬間には突然ワンワンと泣き出し、とにかくその異常さは誰の目にも明らかでした。とりあえず神経を荒立てないよう落ち着かせることに専念し、一時間程して何とか興奮が治まったのでとにかく休ませることにしました。と言うのも彼女はこの3日間眠れずその間ずっと聖書を読んでいた、「食欲が無い」と言って食事もほとんどとらなかったということです。まず頭をよぎったのが脳に障害をきたす恐れのある熱帯性マラリアの可能性ですが、その時熱はなく特徴的な症状が見られなかったこと、比較的すぐまともに会話を交わせるようになった(と見えた)ことから、充分な食事と休息を先決しひとまず様子を見ることにしたのです。

奨学生発狂か?

 彼女の言動がまたおかしくなり出したのは、それから数時間後です。夕飯を済ませたところすぐまた吐いて戻してしまい、大声で喚き出しました。今度は朝と様子が違いどうも熱があります。ふらふらしていて危なっかしく、やたらと粘っこいつばを吐きます。喋ることも支離滅裂で、とにかく休めれば良いのですが横になっても目を異様に瞬かせるだけ、ずっと喋り続けて眠ろうとせず、昼間も横にはなったものの結局こんな調子でほとんど寝ていなかったようです。両親がいれば精神的に落ち着いて少しは休めるかも知れないと、村にいる母親を連れてきましたが、解熱剤を飲んでも一向に熱は下がらず、この晩も彼女は眠ることが出来ませんでした。

 次の日状況はますます悪化しました。口にするのも少量の果物だけで、相変わらずうわ言を言ってはいきなり大声をあげたり、泣き出したりすることが多くなりました。一段とやせ細り心身ともに疲れきったような彼女の様子はとても痛々しく、周囲にも不安と困惑による疲労感が立ち込めていました。この日早朝に、地元のスタッフが「アルブラリオ=faith healer=信仰による治療を行う人」を呼んで来るということになっていました。フィリピンでは人がこうした精神異常に陥った場合、この「アルブラリオ」に頼ることが通常と言います。薬草や灰などを使って独特のまじないのような儀式(治療)を行なうのですが、地元の人の信頼度は高く、話しに聞くだけでもそれで治ったというケースが幾つもあるそうです。私たち日本人スタッフにとっては勿論初めての経験で信憑性がどの程度あるのか半信半疑ですが、彼女に付きっ切りで世話を出来る人間のいる環境で様子を伺った方が良いと、数日間の予定で両親のもと(村)に帰すことに決めました。その間「アルブラリオ」が村に同伴し彼女の治療を行なうということで。

一時的に症状改善する

 それから一週間はとにかく刻々と状況が変わりました。当初は発狂していた彼女が全く喋らなくなり、知人の認識すらできず生気の無い強張った目つきへと変わっていきました。その間ずっと身体的症状として現れたのが熱と咳、粘り気のある大量のつばです。現地理事も戻ってきて我々はこれまで彼女の身に起こったことを一つ一つ思い起こし、周囲の人間に聞き、このような現象を引き起こす原因を客観的に分析する作業と同時に、今、最低限ここミンドロで出来うること、たとえそれが貧弱であっても病院という機関で診てもらうことを勧めました。一時間以上かかる隣町の病院に連れて行けるまでに彼女の精神状態が落ち着き、運送手段などお膳立てが整ったのは9月に入ってからのことです。我々が付き添っての診察の結果、三日熱マラリアとそれによる貧血、元々彼女には甲状線腫があることを説明した上で後日甲状腺肥大と肺炎も同時に併発していたことが分かりました。薬を飲んで安静にすることで確かに回復し、9月18日からサンタクルスの寮に戻ってきました。もっとも心配する意識障害に関して病院の回答は「高熱によるもの」ということでしたが、彼女の場合身体的要因だけが原因で今回のようなことになったとはどうも考えられません。8月初めから彼女の目つき(表情)の異変を察知していたのは川嶌理事で、同じ頃、夜の補習授業の最中によくボソッと独り言を言っては一人でくすくす笑っている彼女の妙な行動に私も気付きました。生真面目で優しく素直ないわゆる"良い子"ですが、それ故に危険を感じます。非常に傷つきやすくナイーブで、複雑な家庭事情、従来の価値観や生活スタイルからかけ離れた環境の中で暮らすプレッシャーなど、様々な内面的問題を抱えているのも事実です。いつものように学校へ通い始めて約一週間後、月一回の奨学生たちの里帰り、彼女はまた以前と同じように奇妙な言動を始め同時に熱も出し、寮に戻って来られなくなりました。まだ解決していないのです。

                       第一部 終わり

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2002年10月


21世紀協会ボランティアスタッフ
国金さつき
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