SamSara



国金さつきの
《ミンドロレポートその17》



意味のあるお金〜貧困からの脱却に向けて

子供たちと一緒に昼食のしたく

やせた人は貧乏人?

 みなさんお元気でしょうか。私の方は体調も順調に回復し、両頬に再び肉が戻りつつあります。ここでは人が痩せているというのは病気をして不健康であるか、或いは貧乏で食べるものが無いことのどちらかであり、痩せた人への印象というのは日本のそれと随分異なります。6月当初ガリガリにやせ細っていた奨学生達も、親元を離れて寮で生活しはじめてから病気もしなくなり、間違いなく皆丈夫になりました。一日三食米を食べられることが彼らにとって、人間にとっていかに大きいことかを知ります。

 彼らマンニャンの人たちは、間違いなくこの貧しい島における最も貧しい者です。貧困の定義とそれを計る指標については議論を呼ぶところですが、ともかく彼らにはお金がない。無いといったら本当に無い。村や世帯によって多少の差はありますが、現金収入はほとんど無いに等しく、安定して一定額の収入を得るということはまずありません。お金がなくても山に住む限りさつまいもやバナナを食べて何とか飢えをしのぐことはできますが、頻繁にけがや病気をする彼らにとって薬など到底買える代物ではありません。

 経済的に貧しいとは文字通り飯が食えない、病気にかかりやすくかかっても治せない、つまりはより死が近いことを差し、それは彼らが置かれている状況−教育を受けていない、「汚い、怠け者」といって差別されるなど〜すべてと絡み合って貧困の網の目を形成しています。マンニャンであろうとなかろうと、飯を食って生きていくために働いてお金を得ることが現実であり、彼らも紛れもなくその現実の中で生きる一人なのです。

貧困の網の目

 しかし、実際どの程度この現実を認識しているでしょうか。先日奨学生の父親が山から病人を数名引き連れてやってきました。病院で診察を受けるべく私たちを訪ね、居候した後は決まって処方箋を差し出し「薬をくれ(買ってくれ)」と言うのですが、この父親は一応山から炭を持参しそれを売ってお金をつくってきました。相場額60ペソ(1ペソ=約2.4円)の炭1サック(約45キロ)を40ペソで取り引きし、うち20ペソで病人のためにパンを買い、結局ポケットに残ったのは20ペソ、帰りのバス代にすら足りません。さらに来るときに交通費として炭自体にも10ペソかかっているので、実質彼の儲けは30ペソ、相場額の半分です。損をしていることにも気付かず「もっと高く売れたらなあ。」お金を稼ぐことが好きかどうかの以前に彼には稼ぐ必要がある、生きるためにです。何としてでも稼いで来る必要がある、少なくとも相場額で取引してこなくてはならないのです。簡単に丸め込まれてしまうのは知識がないため、計算ができないからです。

 彼らは良くも悪くもお金へのこだわりが少ないと言えます。お金とそれで得られる満足にこだわり金儲けにあくせくして身をすり減らすのも、こだわらないがために結果としてお金に振り回されているのも、どちらも自分の人生を自分で生きることから遠くかけ離れています。国や個人の生活レベル、経済レベルを問わず、この現代においてお金との付き合い方を考えることは大いに意味があります。

意味のこめられた50円

 私がまだ小学生の頃、毎年同じ時期に決まって学校で「赤いはね募金」週間というものがありました。他の家庭ではどうだったか定かではありませんが、うちの場合一つ下の妹は「明日募金せんといかんからお金ちょうだい」と言って親から募金用のお金をもらっていました。たとえ500円という高額を親からもらって投じたとしても、なけなしの小遣いから自分が出す50円の方が絶対価値があると信じていた私は、小遣いも結局のところ親にもらったお金であるのに変わりないという矛盾に戸惑いながらも、その思いを50円と共に募金箱に詰めました。この考えは単に世間の厳しさを知らない子どものつまらないプライドだけではなかったように思えます。事実、自分が今国際協力を行うNGOの立場にあたって、50円より500円、1000 円の方がどんな意味があるにしたって助かるし、目の前のガリガリの病人と無知ゆえに滅びていくしかない人々をどうにか力づけるためには1000円でないといけないことを痛感しています。ただ、やはりいまだこの50円に価値があると思えるのは、そこに意志が託されているからです。理解と賛同の象徴としてのお金だからです。この理解があればそれがのちにより大きな財産に変わっていくかも知れません。募金のお金を私がどうしても自分で出したいとこだわったのは、理解の表明をしたかったからでしょう。意味のこめられた50円を意味のこめられた1000円にしようというのが、現実と理想を踏まえた上での私の一つの目標であり、役目です。

 現在我々21世紀協会は深刻な財政危機下にあります。教育の普及に伴い増える奨学生と活動の継続に従って大学まで進学する者が出てきたこと、また毎日訪れるお金の無い病人たちのケア、そして私がいることも(滞在ビザ申請費用など)一つには大きな財政赤字の要因です。今期3月いっぱいまでの予算が12月中に切れようとしています。お金のないところからどうやってお金を生み出し、いかに意味のあるお金に変えていくか、振り回されるのでなくいかに上手く扱っていくか、我々21世紀協会とマンニャンの人々が貧困という危機から脱出するための目下の課題です。


windmill

2001年11月


21世紀協会ボランティアスタッフ
国金さつき
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