SamSara



国金さつきの
《ミンドロレポートその15》



プロのいない社会〜医療の現実

新作物ヤーコンの実験栽培をするさつきさん

大嫌いな病院

 ここミンドロへやってきて半年が過ぎました。訪れた2月当初、開口一番「マタバ!」(タガログ語で太いという意味です)と言われ軽いショックを受けた私も、今なんだかんだで7キロ近く体重が減っています。本来体は頑丈でめったに病気には掛からないことが自慢の私でしたが、このところ原因不明の体調不良が周期的に続いていることも原因の一つです。この間も急な腹痛に始まり頭痛、発熱、関節痛などがひどく、マラリアの検査だけでも受けるべく地元の病院に行く機会がありました。大嫌いな病院です。奨学生の付き添いなどでこれまでにも何度か訪れたことがありますが、この辺りで唯一のこの病院、非常にお粗末でどうしようもない病院です。まずそもそも医者がいない(別の街から一人だけやってくるため、病院にいないことがしょっちゅうです)、医療器具も揃っていない、汚い、何よりやる気がない、これが最大の問題です。私が行ったときは、簡単なマラリアの血液検査のために待合室もない屋外で一時間近く待たされ、その間にどんどん熱が上がり気分も悪くなってきて、急遽空きのベッドで横にならざるを得ないほどでした。その後もどうも別の病気の疑いがあるというので尿検査を行い結果が分かって帰れたのは5時間後、ずっと放ったらかしの状態でした。受診に来る患者もこの日は多かったようですが、とは言ってもせいぜい20人くらい、例え医者が一人であっても手におえない数ではありません。診察カードを作るにもだらだらと雑談しながら、待っている患者がいても気に止める様子もなく突っ立っている看護婦、終始このような対応です。迅速且つ適切なプロの対応というものを見たことがありません。それ以前に人の命、生死を扱っているという緊張感、意識がそもそもないのです。

マンニャン専用の病室の実態

 私がやってきてまだ間もない3月のこと、奨学生の祖父でマンニャンの村でも長老株の一人がマラリアのため入院することになりました。高齢のため既に身体は弱りきっており、入院するということは「死」が近いという意味でもありました。彼は病院の中で一室明らかに他と異なる、陰湿で不衛生で今にも悪臭が漂ってきそうな部屋の、シーツも何もなく錆びた鉄と硬い木の板が張られているだけのベッドの上に横たわっていました。いわゆるマンニャン専用の病室です。私が訪れたとき既に息も絶え絶えで便を垂れ流しており意識も朦朧としていました。点滴を施す以外には何もされておらず、時々太った看護婦が面倒くさそうに熱と血圧を測りにやってくるだけで、聞けばこの日も医者は不在、高熱のため吹き出る汗を拭くようにと身内の者に指示だけを残し後は放ったらかしです。物など食べられる状態でないのは誰が見ても明らかなのに、何も考えず配膳を持ってくる無神経さ、こちらの状況を全然把握していないのです。夕方で来診の時間はとっくに終わっており、そのときは入院患者も他にはおらず手は空いていたにも関わらず、こちらが呼びに行くまで病室に様子を見に来ることはありませんでした。彼が血を吐いて苦しんだとき、慌てて私が呼びに行くと看護婦は皆外で水遣りをしながら雑談していました。あまりに腹が立って「何やってるんだ?」と怒鳴っても、笑いながらのそのそとやって来ては器具を乗せた椅子を足で蹴って動かし、身内の者に何か言い放って出て行きました。聞けば「あなた達身内のものが昨晩身体を拭かなかったからこんなに熱が上がったんだ、あなた達のせいでしょう。」何時間も繰り返し身体を拭くことしか出来ない無力な私達と、剥き出しの木の板の上で苦しむ一人のマンニャンと、その言葉を思うと、悔しくてたまらず涙を止めることが出来ませんでした。マンニャンの人々に対するあからさまな差別が現実に存在すること、それを痛烈に感じたのもこの時でした。

圧倒的プロ意識の欠如

 この病院には個々人のモラルを問う前に、誰一人として自分の職務に対する責任を持っていません。プロフェッショナリズムの欠如はこの国の至るところで目に付きます。医療の他にも、例えばミンドロの公立学校など教師の教育者としての資質も驚く程低く、最低限必要な基礎学力を身に付けさせることにも不十分、何しろ分数の足し算や引き算が解けない教師がいると言います。本当のプロフェッショナルなる者が成立することのない理由の一つには、才能の有無を問わず持つ者は始めから持つ者であり持たない者はずっと持たないままであるというこの国の社会構造もあります。しかし何よりも、個々人の意識のレベルであまりにも希薄な責任感、緊張感の無さが最大の原因だと思います。プロフェッショナルと呼ぶには程遠い医者、教師、政治家による医療、教育、政治が中途半端なものにしかならないのは当たり前で、結果ますますプロフェッショナルは育ち得ず、全体として事態が良くならないのは当然です。互いに責任を放棄してばかりでどうしてより良い社会が成せるでしょうか。社会は本来それぞれのプロフェッショナルが動かすものだと私は考えます。自分の責務を認識し誠実に取り組もうとする'プロ意識'こそ、この国の発展と人(子どもたち)を育てることを考えた上で必要不可欠なものです。

 あなたは'プロ意識'持ってますか?


windmill

2001年8月


21世紀協会ボランティアスタッフ
国金さつき
21世紀協会ホームへ 《サンサーラ》目次へ contact us
21世紀協会ホームへ 《サンサーラ》目次へ ご意見、ご感想、資料請求

(c) 21st Century Association 2001