SamSara

国金さつきの

《ミンドロレポートその32》




私の挑戦




windmill

無力感

 まずは一言、数ヶ月もの間報告が滞っていたことをお詫びいたします。言い訳にもなりませんがそれを承知で説明させていただくと、どうにもこうにも筆を取ることができなかったのです。多忙でも体調不良のせいでもなく、目の前に押し寄せる現実に無力感と脱力感とですっかり手足が止まってしまったためです。今振り返ると、私はもがいていた様に思えて実は同じところにただ止まっていただけ、何もできないという状態に居直って本当にもがくということをしていませんでした。ミンドロを発つ一ヶ月前から、ようやく私は手足を動かして具体的にもがきだしました。私の「もがき」はまだ終わっていませんが、気持ちは思い切り前を向いています。今再び書きたいと思うことができ、それが許されるならば非常に光栄です。感謝します。

さつきさんとこどもたち

2年間を振り返って

   私がミンドロにいた二年半の歳月は、一言で言い表せないくらい数々のかけがえのない経験の連続でした。穏やかでのん気、一見して平和そうな田舎島での暮らしは、驚くほど異なる価値観,考え方とのぶつかり合いに満ちていました。それは生半可なものではありません。常識が常識でなくなる、価値観が揺さぶられる、何が良いのか、そのために何をする(してはならない)のか何ができるのか分からなくなる。自分の拠って立つより所が無くなる。未熟者の私はその度大いにうろたえてしまうのです。違いを笑い飛ばすくらいの度量があれば良いのですが、そういう訳にもいきません。中途半端な教育、医療機関、口だけの行政サービス、手落ちだらけの国際機関のプログラム、深刻な状態ででもどうすることもできず人任せになるしかないマンニャンの人たち、そしてそんな現状を前に何も出来ない無力な自分、みっともないなんてことを忘れて苛立ったり怒ったり悲しんだり諦めたり、日々この連続でした。第一、生死が関係していると思うような重大なことですら、そのような認識がなく、そもそも、統計上いわゆる「最貧困層」にあたる「カルチュラルマイノリティー(文化的少数派?)」の彼らに、一般に思い描く悲壮感など本当にあるのでしょうか。それも私たちが勝手に決めた「貧しい→悲惨→救ってあげなければ」のレッテルを張っているだけとすれば、恐ろしく困難な理想的状況の実現を前に、私たちはここで何をしているのかと、こんなことを延々と考えずにはいられなかったのです。確かなのは、違うということがとてつもなく大きい事実であることです。

違いを楽しむ

 当たり前ですが私たちは一人一人違います。異文化の人間のみならず、日本人であっても価値観、生きることへの姿勢など、善悪を別にしてお互いに相容れないほど異なる考えのもとにそれぞれ生きています。私は根本に、そうした違いを出来うる限り楽しんで生きたいという思いがあります。最終的には分かり合えないとしても、だからといって人は折り合いながら共に生きていけないのでしょうか。小さいもめごとから世界各地で起きている紛争の原因の核には、お互いがお互いを良く知らないこと、或いは中途半端な理解や誤解,偏見が必ずやあると思います。二年半で実感したこととして、人間関係でも何でももう一歩踏み込んでみる、関わりを増やしてみると、面倒くさい、厄介だと思っていたものとの間に思わぬ面白い発見が見出されるということでした。足が汚れるのを気にして田んぼの畦道を不安定に歩くよりも、一度開き直ってズボッと足を踏み入れてしまえば,案外気持ちいい水田のぬめりに気付きます。しかもより活き活きと動けます。怖いものは想像していたもの、とらわれていたもので、それを剥いでみれば現実が違うところにあったのが見えてきます。私たちはまず違うということを認識することから始めなければならないのではないでしょうか。真実をまっすぐに受け止めることです。違うということを知り,自分がその違いに対し何かできるではなくて、何も出来ないということを思い知ることから始めるのです。そして、私はどうするのか?諦めるのか,知らん振りをするのか。違いはますます大きいものだと気付かされる一方で、その間にも必ず面白いものが見つかり、そこを手掛かりにお互いを繋ぐことができると、少なくとも私はそう信じたいので、生涯かけてこのことを追求していくつもりです。

 それともう一つ、私が信じていること。人間は本気で何か望んだら大概のことはできる、どうにでもなるという肯定です。子どもたちに一番伝えたかったことは、何を隠そう往々にして悲観的な人間の私こそ必要としていたことなのです。今私がミンドロを離れたのも本気で望むことは待っているだけじゃなくそうなるように働きかけることを通して、実現できうるのだということを、自分で証明するためです。あとには引けません。

 密かに、しかし確かに私の挑戦が始まっています。

 池田理事長,川嶌現地理事、ミンドロ滞在を共に過ごした紫垣さん、現地スタッフ、新日本人インターン生の三人、そしてマンニャン奨学生、関係者皆様に大変お世話になりました。今一度ありがとうございました。


windmill

2003年9月


21世紀協会ボランティアスタッフ
国金 さつき

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