SamSara ミンドロ体験記 -satsuki-

バナナとKARAOKEとカーペンターズ
〜フィリピン・ミンドロを訪れて〜
(2000.9.23〜10.3)
国金さつき
バナナの花。この花が開くと、バナナの実が現れます。 花が開いて現れたバナナの実



 9月23日から10月3日まで、21世紀協会の活動地であるフィリピン・ミンドロ島を訪れました。池田代表の現地訪問に同行させていただいたのです。この時が初対面の有井さん、小泉君(二人は現地ボランティアである紫垣さんの後輩)と共に、一行は雨の関空を後にしてフィリピンはマニラへと向かいました。到着してからは、現地駐在員の川嶌さん、紫垣さんが色々と案内してくださいました。私にとって初めてのフィリピンでもあったこの数日間を通して最も印象深く感じたことを、三つのキーワードに沿ってまとめていこうと思います。




バナナのある風景

 私たち日本人にもすっかりお馴染みのバナナは熱帯原産の植物です。スーパーに並ぶあの黄色い果物は、覆うように咲いた花の下にぎっしりと連なった実を子房に分けたものです。フィリピンでは、油で揚げた“バナナキュー”が街中でよく売られていますし、焼いたり煮たりと調理方法も様々です。大きな葉は皿代わりに使われたり(南インドでは頻繁に出てきます)、時には傘の役割も果たします(カンボジアの田舎で見た子ども達は、突然の大雨にバナナの葉をもぎ取って傘にして歩いていました)。

 バナナは熱帯の代表的な植物として、そこの暮らしに大きな影響を与えています。たわわに実ったバナナの木が立ち並ぶ中、見渡せばバナナを食べ、売っている人がいます。ココナッツも同様です。これらは自然の恵み、大地の恵みそのものです。人が何ら手を加えなくとも自然に実り、寝ていても勝手に落ちてくるようなとてもありがたい産物です。こうした恵みを絶えず受け、ものの取れない寒い冬を知らずそれに備えるための蓄えをしたことがない人々は、計画を立てて物事を進めていくことに不慣れでもあります。「計画性無くして農業は出来ない」と池田さんがおっしゃっていました。自給の為に農業が定着していくには、まずこの計画性を身につけることが重要となるでしょう。

 また、一年中自然の恵みを受け、その自然の中で伸び伸びと生活してきた彼ら熱帯に暮らす人々は、総じてのんびりとした大らかな性格と言えます。風土は人をつくるのです。あくせくせず、特に一部の都市を除く村の生活はゆったりとしたものです。日々のサイクルは時計ではなく太陽を中心としている気がします。事実私もミンドロ滞在中は、日が昇る頃に目覚め(鶏に起こされ)日が沈んだらそろそろ眠る、という素晴らしく健康的な生活でした。但しのんびりと大らかな特有の世界観で生きる彼らも、一定のルールに従って集団生活を営む現代社会では、時間に制約があることを知り、所有と公共の概念を認識せざるを得ないでしょう。彼らの本来の姿からすれば、現代社会は非常に窮屈でせせこましい世界であることは事実ですが。

テレビとKARAOKE

有井佑希さん(左)と昼食の鶏の羽をむしるさつきさん(右)

 ミンドロでは現地スタッフの女の子の家で寝泊りをさせていただいたのですが、彼女の家には毎晩近所の人が数人集まって来ていました。テレビを見るためです。この辺りではテレビはまだ贅沢品の部類に入るのか、一家に一台という程普及しておらず、テレビのある家庭にお邪魔して皆で見入っていました(当然?21世紀協会の事務所にはありませんでした)。戦後の日本を思い起こさせるような一時です。それがマニラでは意外な光景に出会いました

 21世紀協会と交流のあるフィリピンのNGO“PPF(Pag-aalay ng Puso Foundation)”の活動対象地、NAVOTASのスラムを訪れた時のことです。マニラ湾沿いに密集して出来ているこのスラムでは、限界を超えんばかりに増え続ける世帯に海へ海へと住まいを広げていました。水中に木の柱を突き立ててその上に板を並べただけの土台、簡素な造りの水上住宅です。路地も家も狭くて込み入っていて、衛生的とは言えません。独特の熱気に包まれた路地からふと家の中に目をやると、思いがけず物が豊富にあることに気付きます。驚いたのは、このようなスラムの中にテレビだけでなくカラオケまであることでした。

 東南アジアに日本発のエンターテイメント“KARAOKE”が入っていることは聞いていました。ですが実際見たのは今回が初めてのように思います(KARAOKEはその後訪れたタイ東北部の田舎やカンボジアまで広がっていました)。マニラでは繁華街はもちろん、食事所やデパートの中には小さな空間をあてがわれたKARAOKEコーナーと言うべきものまであります。しかしまさかそれをスラムで見るとは予想だにしていませんでした。

 聞けば、スラムで生活する人達自身がお金を貯めてこれら娯楽のための品を手に入れていると言います。PPFのフィリピン人スタッフ曰く「こんな貧しい生活の中でテレビやKARAOKEといったエンターテイメントがあるからこそ楽しくやっていけるのよ。」今ある暮らしを受け入れて、その中での楽しみを求めていくことこそ、厳しい現実にさらされてきた彼らの生きる術だったのかもしれません。我々の感覚だと、目前の楽しみよりもまず貧しい生活を改善することの方が先、暮らしが良くなって余裕ができてから娯楽にお金を出す、というのが一般的なように思います。ところがここではその優先事項が違うのです。スラムの中には冷蔵庫や洗濯機、オーブンまで持っている家庭もありましたし、私達が訪れた日中、ある者はカードギャンブルに興じ、ある者はビリヤードを楽しみ、またある者はお墓の前でバスケットボールをして遊んでいました。

 思えば、こうした光景を目の当たりにして不思議である、不自然であると感じるのも、我々が日本人だからでないでしょうか。自分とは別の価値観に出会い戸惑うのです。国際協力の現場はこうした異なる価値観のぶつかり合いの連続と言えるでしょう。人と人が向き合う時、必ずや跳ね返って自分と向き合うことを強いられます。何が正しいのかということを問い直しさせられるのです。考え方も習慣も違う世界に入って相手を知れば知るほど、現実が矛盾としか映らなくなり「何が正しい」とは言えなくなって、現実にある問題に対して答えを示せなくなるかも知れません。このようなとき拠り所となるのは、たとえ未成熟であっても各々が持つ「自己」しかないのではという気がします。自分の中に貫いてある自己そのものと、時に自己を支えることにもなる己の理想があってこそ、現実の問題を受け止めることが出来るのではないでしょうか。もちろん、相手や自分と十分向き合おうとしないで自己に任せることは、単なる一人よがりになり相手に迷惑をかけてしまいます。異なる環境の中で現実に流されず目的を果たすためには、いつでも相手や自分自身と向き合える柔軟な姿勢と、芯には理想を抱いた自己が共に不可欠な要素であると同時に、さらにはこのバランスを無理無く保っていくことが最大の鍵となると思います。

90日目のカーペンターズ

歓迎会の後、子供たちとシャボン玉を楽しむ

 今回のフィリピンを象徴するBGMは何かと尋ねられたら、間違い無くカーペンターズの“TOP OF THE WORLD”を挙げるでしょう。ミンドロの事務所に着いた日の夜、奨学生の子ども達が私達の歓迎会を開いてくれました。その席で披露してくれたのがこの曲です。全員による楽譜無しでの見事な大合唱は、心に響いてしばらくの間感動を止めることができませんでした。この曲は、実は紫垣さんが提案して練習を繰り返していた歌だそうです。後から聞いた話ですが、皆が覚えてちゃんと揃って歌えるようになるまでに3ヶ月かかったそうです。子ども達は朝から学校に行っていますし、皆が集まる夕方5時からのミーティングの際、ほんの少し時間を取って練習するくらいでしょうか。小学1年生から高校生まで年齢もばらばらのマンニャンの子ども達、3ヶ月とは決して短い期間ではありませんが、私はこの3ヶ月後の成果を、小さいながらも確かな一歩の集積と感じました。失敗も含めた日々のわずかな前進が確実に次の段階へと繋がっていき、ある時思わぬところまで到達していることに気付くのです。“TOP OF THE WORLD”は、彼ら一人一人の着実な歩みの結晶です。

 我々が何かを着実に誠意を持って行おうとすればするほど、時間はかかります。大事なことはそう簡単には成し得ません。教育が当にそうです。教育は成果となって現れるのにそれなりの時間を必要とします。10年、20年、さらに数十年も後になってようやく実りを結ぶことだって考えられます。或いはそれだけ費やしたからといって期待した成果が得られるとも限りません。それでも、わずかながら確実に一歩が踏み込まれていると信じて託す価値は大いにあると思います。外国資本が幅を利かせ、水のようにコーラを飲む一方で、蓄積されたゴミの山のすぐ脇で、半裸の子どもが今にも抜け落ちそうな水上住宅の板の上を走り回っているのを横目にKARAOKEで熱唱する大人たち。人々が「正しい選択」とは何かを考え選び抜いていくための基盤は、教育によって作られ得ます。同じく、搾取されたり取り残される存在となった人達が、自分達の権利を取り戻しこの構造に風穴をあけるべく力をつけようとすれば、それを助けるのはやはり教育です。教育で培った知識や考える力、自信などが、彼ら自身の問題解決能力を支え育みます。万能の神様ではない、迷える人間としての我々が出来ることは、彼ら同じく迷える者が差し当たっている問題の答えを探して教えるのではなく、答えを見つけていく力をつける為にアドバイスなり力を貸すことではないでしょうか。教授法と同じです(現実には確かな正解と言えるものが無かったり、正解が一つとも限らないのでより難しいですが)。自ら答えを探っていく力、すなわち問題解決能力を育て伸ばことが教育の最大の目的且つ役割であり、また今日のフィリピンだけでなく世界中で見られる複雑な問題の解決には、やはり教育が必要だと思います。

2000.11.15


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