SamSara ミンドロ体験記 -saori-


5つの発見
〜ミンドロ島にて〜
(2002.11.18〜11.30)
瀧村沙織

奨学生とマジックを楽しむ

「瀧村さんって、偽善者?」

  大学院に入りたての時の事である。自己紹介の際に、自分の専門分野であるフィリピンの開発経済のことや、将来の希望で、開発に携わる仕事をしたいと言った時に同級生に言われた言葉である。同級生いわく、先進国で豊かに暮らしている人が貧困や開発なんてものに携わるのは、金持ちが小額の募金をするようなもので、それは偽善でしかないらしい。この瞬間、衝撃がはしった。なぜならば私は、偽善的行為や刹那的感情で開発というものを見たことなどないからである。たしかに、衛生的な水を得られないことや、紛争や災害、慢性的な疾病、社会的差別による被害を新聞やテレビで見た時には、可哀相という感情はある。しかし、その感情が私を開発というものに関心をむかわせているのではない。私は、貧困というものがなぜ発生したのか、それが何なのか、また貧困解消の方法は何なのかを掴みたいために、開発という側面に立ち、それらを理解しながら、貧困根絶のために自分ができることで役に立ちたいというのが私の心構えである。その思いを実現するために、現在大学院で開発経済を学んでいる。しかし、開発というものは大学院での理論的なものだけでなく、現場での経験をも必要とされると認識している。したがって、現場での経験を積みたいと思い、21世紀協会の現地ボランティアスタッフに応募し、今回のフィリピンミンドロ島下見旅行となったのである。この下見旅行で、五つの発見をした。

  一つ目。私が開発経済を学び始めたのは上述したように、貧困というものを開発という観点に立ち、それを理解しつつ、自分の力で役に立てることを見つけることであった。しかし、私はそれらを見失っていたのである。当初の志を果たすために大学院にはいったのに、何時の間にか大学院での研究のことしか頭になく、ミンドロ島で見るもの、聞くもの、体験するもの全てを自分の研究に結びつけようとしていたのである。その結果、研究に関係のあるものしか興味をしめさず、質問をする事といえば、これまた自分の研究に関連するものばかりであった。私は、当初の目標を果たそうとしていたのではなく、研究のために当初の目標が歪められようとしていたのである。私は、研究者になるために、現地ボランティアを希望したわけでない。開発というものを、現場で体験しながら理解し、そのうえで、何が求められるのか、どういう方法で対応できるのかということを体感し、実際に自分の力で現場において、求められることに対して対応していきたい。そして将来、そういった経験を、開発に携わる仕事において生かしたい。そのために、私は現地ボランティアに応募したのである。私は、なぜ現地ボランティアを志望したのか、その本当の理由を再認識したのである。

  二つ目。「私は偽善者ではない」ということである。今回、マンニャン族の奨学生と交流する時間がたくさんあった。21世紀協会のホームページでマンニャン族が虐げられている現状やその歴史を少し、勉強していた。そういった、社会的差別を受けているマンニャン族を目の当たりにし、私は可哀相だから、助けてあげたいという思いではなく、この時感じたのは、この現況を打開するための第一歩をふみだせる手段を考えよう、と思った。そして、その第一歩が歩けるように、私ができる事は何なのかを踏まえた上でその方法を探し出したい、という思いである。そしてマンニャン族が第一歩を進められるように、私は現地でマンニャン族の現状改善のために必要な事を実感、理解して、実際に自分の力で協力したいという思いをあらためて発見したのである。

 三つ目。自分の熱意の強さに気付いた。ミンドロでは、多くの危険がある。マラリア、デング熱、破傷風、狂犬病、ゲリラ等々、様々である。日本で生活をしていると考えた事もないような危険である。しかし、ミンドロで現地ボランティアをするとなれば、いつ何時、自分がその被害に遭うかはわからない。常に、可能性があるのであるということを下見旅行で認識したが、私はこのような危険がともなっても、現地ボランティアの希望の熱意がさめたり、ゆるいだりしなかった。私は現場で学びたい、協力したいという強い熱意を抱いている自分を発見した。その熱意は、それらの危険によっても覆される事などない。

  四つ目。共同生活の心地よさである。ここでの生活にはプライベートな時間がない。しかし、この下見旅行で私は特にプライベートな時間が欲しいと感じた事はなかった。むしろ、心地よく感じた。私が就寝をとった部屋は、パソコンや会計のための机や本棚等があり、多くの人が出入りする部屋であり、日本人現地ボランティアスタッフであるさつきさんが寝ている部屋でもある。しかし、私は眠ろうとしている時や、考え事をしている時に、誰かが入ってきても気にならない。私は、こういった自分の性格と共同生活というものの組み合わせはとても良いと思った。常に誰かと一緒ということは、自分が考えている事や悩んでいる思いを相談できる機会も多いし、その議題についての議論できる場がある。また常に自分を誰かに見られているので、自分の事を客観的に指摘してもらえる機会も多い。私は、こういった事は、ボランティアとしての力いっぱい活動するうえでも、またその活動を支える一個人を成長させるためにも、必要性を感じた。今後、精力的にこの共同生活において学べる事を吸収したいとも感じた。

  五つ目。私は貧困や開発というものに取り組んでいる。それらが一体、何であるのか、またその答えが最終的に出るかどうかという事は分からない。しかし、だからといってこの取り組みを止めたいなどとは思わない。大切なのは結論を出す事そのものではなく、結論を出そうとする過程で、自分が貧困や開発において協力できる事をするということであると分かった。

   以上、五つの発見をした。私は今、期待とやる気に満ち溢れている。なぜならば、下見旅行は12日間、ミンドロ島滞在はわずか1週間であったが、こんなにも多くの発見をした。来年から、長期間現地へスタッフとして行く事ができるならば、より多くの発見をし、またその発見を協力という形で具現化し、実行していきたいという、期待とやる気がみなぎっているのである。私には、国際協力の分野に関して提供できる専門技術がない。しかし、私はこういった発見によって、その発見を協力という形にすることが現地で自分にできる国際協力と考える。その国際協力を、私は21世紀協会でやっていきたいという強い気持ちをもっている。

2002.12

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