SamSara

瀧村沙織の

《ミンドロレポートその35》



開発援助の側面




windmill

さまざまな開発援助

 開発援助にはいろいろな形がある。私は、NGOのボランティアスタッフとして、開発援助の現場にいる。開発の現場にいると、開発というものを多角的観点で観察することができる。私自身はNGOに所属し活動している。ミンドロには、協会だけではなくアメリカのNGO団体も活動しているので、NGO活動を外側の立場からも見ることができる。そして、現在西ミンドロ州では、日本の円借款によって道路建設が行なわれているので、政府の開発援助の活動も見ることができる。

 協会のような地域社会に根ざした援助から、数億円規模の大掛かりな援助までさまざまである。しかし、このような活動の成果は本当に出ているのだろうか。開発の活動をするほど、貧困化は進むといわれている。

道が整備されると...すべてミンドロにある材料で、おはぎを作ってみました。もちろん、きなこも大豆を育てることからはじめましたよ

 開発の成果の評価は、立場の違う人によって様々である。成果を認める人もいれば、全く成果の恩恵を受け取れていない人もいるだろう。ODAの道路建設を例にあげてみる。道路が建設されると、学校、病院に容易に行くことができ、土砂崩れによる被害が少なくなり、また労働力の需要が増える。ミンドロ在住の私にとっても、砂利道が舗装され、雨が降るたびに通行止めにならなくなることは、とても便利である。私自身、滞在期間わずか1年未満で何度も病気になり、そのたびに病院のお世話になった。近くの州立病院まで、バスとトライシクル(乗合バイク)を乗り継いで1時間はかかる。軽度のケガや病気ならば、大したことないが、一刻を争うようなケガや病気の場合は、命取りの環境におかれている。フィリピンは、日本のように、一分一秒の遅れもない完璧に整った交通網などない。もちろん、時刻表もない。バスが来るまで、道路でただただ待つのみである。そのうえ、ぼこぼこした砂利道で揺れが激しく、雨が降ると通行止めになる。病人にとっては、悲惨な環境である。昨年、腸チフスを患い、入院した時も、死ぬ思いで病院にたどり着いた。救急車を手配してもらえたものの、高熱が1週間続き、嘔吐を繰り返し、発疹が体中にでて、座ることさえままならいほど衰弱していた私にとって、約1時間も砂利道で激しく揺られて、本当に辛い道のりだった。もしものことを後から考えてみると、ぞっとする。もしも、救急車が手配できなくて、いつ来るかわからないバスを待ち続けなければいけなかったら、もしも、大雨で川が氾濫し、橋が通れず引き返すことになったら、など考えると、私が病院に無事にたどり着けたことは本当に幸運に思える。ミンドロで、生活していくにはこういったリスクを背負わなければならない。しかし、道が整備されたならば、病院までの道のりは約半分に短縮される。雨季で川が氾濫し、通行止めになることもなくなる。著しく、病人にとってリスクは軽減される。病人にとってだけでなく、通勤や通学や旅行、日常生活で道を利用する人はたくさんいる。実際、近所の人と話をしていても「道が舗装されるから、便利になる」とうことを時々聞く。道が整備されることは、望まれていることなのである。

開発の成果はどう評価する

 一方で、確かに望まれていることではあるが、果たして成果を正当に評価できるものなのであろうか。西ミンドロの道路建設は、日本の円借款のプロジェクトである。つまり、借金なので、返さなければならない。西ミンドロは、東に比べて著しく貧困が目立つ。病人とってリスクが高いこと、農業の技術が低いこと、観光業が盛んではないこと、工業がないことなど、開発援助が必要な地域である。しかし円借款で大規模な道路が作られて、利用し有益な効果を出すことと、膨大な借金を返すことを考慮すると、果たして有益なプロジェクトなのだろうか。このプロジェクトゆえに、ますます借金をかかえるばかりではないだろうか。

 ODAの円借款の場合、開発が必要とされる地域に、開発援助プログラムが導入されると、採算が取れないので負債ばかりが積算されている。さらに重大なことは、円借款で道路建設が行なわれていても、地域住民たちは円借款が何であるかということさえ知らないことである。外国からの寄付金で道が建設されている程度にしか思っていない。借金で、税金から支払わなければならないことを認識していない。彼らの知らない間に、負債がたまっているのである。病人にとって、通勤、通学する人にとっては、望まれている道路建設も、一方で税金に苦しんでいる人たちもいる。

開発が貧困を生む??

 貧困地域に開発をすればするほど、貧困化が深刻になる。どうしてだろうか。それは、本当に必要で要請されていることを、違う形で行なっているからではないだろうか。例えば、西ミンドロの場合、病院へのアクセスが著しく不便で、そのために多くの犠牲者が出ていると想定しよう。すると、病院へ行くまでの道を整備するのではなく、病院や医者の数を増やし、医療の技術を提供する場に関することに力が注がれるべきではないだろうか。

 私自身、協会に所属し、援助活動を行なう際に、必要とされていることは何なのかを見極めることが最も重要なことである。それが、貧困化を推し進めることになれば、私がミンドロに存在する意味がなくなる。大切なのは、何が必要とされているかを認識し、それを実現できる形で実行することである。そして、開発にはいろいろな形がある。それを、いかに多くの人にとって有益なものにするかということも重要である。

windmill2004年6月

21世紀協会ボランティアスタッフ
瀧村 沙織
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