21CA

インターネット版 《サンサーラ》

SamSara

《サンサーラ》に寄せて


 「サンサーラ」は古代インド語であるサンスクリット語で、「流転」「流れ」「廻り巡ること」の意である。この語が古代インド思想を背景に、仏教に入ったとき、「輪廻」の伝承が思想としての成立を見た。それは生きとし生けるものの転生の思想であると同時に、あらゆる事象、行為が経廻るという世界観でもあった。わが前世は道端に誇らしげに咲くすみれの花であるかも知れず、また命の尽きた後は空の鳥となるかも知れない。そう考えるとき、人は自分以外の生命に対して限りない慈しみを持って接することができるようになる。そして、なによりも、今、ここで、こうして生きていられるのは何者かのお陰であることを認識させる。われわれは、大いなる力によって生かされていることを知る。

 同じことが、財についても言える。財は、努力によって得られたものに違いないが、労力に比例して稼ぎがあるというものでは決してない。このような不公平をやわらげようというのが税金の考え方だが、われわれは一歩進んで、自分のありあまる、あるいは少ない財の中から、はるかに苦しい生活と厳しい労働を強いられている者に回しても良いのではないだろうか。われわれの持つ財は大いなる生命より預かったものに過ぎない。しかし、その使途は自由意志に任されている。ならばこそ、その自由意志が問われるのである。多くを預かった者にはそれだけ重い責任が課せられる。

 われわれは、預かった財の一部を、南の国の子供たちの進学のために供した。子供たちには、「神様から預かったお金なのだよ」と説明した。子供たちも、その通りに理解してくれた。だから、子供たちが感謝するとしたら、それは、自分たちを生かしている大いなる生命の源に対してであろう。そして、われわれも同じことではないだろうか。それこそが、事象が経廻(へめぐ)るという、サンサーラの意味なのだから。(池田晶子)

《サンサーラ》 1号 1990.11.1初掲

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