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インターネット版 《サンサーラ》

SamSara

楽園のゆくえ


貧しさからの脱却

シプヨ遠景 フィリピン、ミンドロ島の事業地、シプヨ村はまさに楽園です。人々は善良で、助け合いの心を持ち、妬むことを知らず、子供には、豊かな愛情を注ぎます。困っている隣人があれば、なけなしの自分の食べ物でも分かち合います。リーダーにも恵まれています。しかし、すべての村人が貧しく、助け合わなければ生きていけません。いえ、助け合っても、毎日が死と隣合わせの貧しい生活です。

そんな貧しさからの脱却を図って、村人は農業指導を求めてきました。指導を開始して4年目の現在、ある程度の成果を見ました。荒れ地に田畑が出現し、山の斜面の草を食んで、牛が増えています。山羊もいます。

 ここで、働く者とあまり熱心に働かない者の間に生産性の差が出てきました。懸命に田畑を耕す者の中には、他に倍する収穫を上げる者もいます。また、病気になって田をかまうことのできなかった者、運良くカラバオが次々と子供を産む者。さまざまな要因が絡んで、村人の間に差が生まれました。今のところ、個人の生産性にかかわらず、収穫は一括して管理、分配されており、動物も、名目上の所有者は決まっていても、全員で飼育していますが、このような共同作業、共同財産管理はいつまで続くのでしょうか。


自然破壊

シプヨの少女 全員が貧しく、助け合わなければ飢えるような状態の時は、ほかに道はないでしょう。しかし、少し生産性が上がり、とりあえずだれも飢えることがなくなったらどうでしょう。果たして、今のまま、すべての村人がその働きにかかわらず、同じだけの成果を享受することが許されるでしょうか。

 また、農業の問題があります。農業は、つまるところ、自然破壊なのです。自然の法則よりも多くを生産しようとする試みなのです。自然と折り合いをつけながら、必要なだけの作物を生産している分にはいいのですが、余剰を作ったとき、自然破壊が始まり、換金をはじめたとき、楽園は失われます。

 人類は、身分の上下のない社会を4万年も維持してきました。この社会では、競争も身分差もない代わりに、毎日が飢えとの戦いでした。ただ、起きて、食べ物を確保し、食べるだけの毎日の繰り返しでした。

わかれ道

 そこに、農業が登場したとき、社会は一変しました。働く者、そうでない者、運のいい者、悪い者で、はっきりと生産性に差が出、飢えからの解放と引き替えに、人類は楽園を失いました。

 シプヨ村の楽園も、どれだけ続くかわかりません。フィリピンの他地域と比べて、ほとんど、2000年遅れて農業を知ったこの地は、急速に近代化への道を歩むことでしょう。その中で、民族の文化や誇りが失われ、欲と利己主義だけの社会になるのでしょうか。それとも、今の豊かな助け合いの精神や民族の心を残しながら、経済的にも恵まれた理想の社会を作って行くのでしょうか。

 豊かさへの道は、破滅への道もはらんでいます。このまま、せっかく手に入れた豊かさに滅ぼされるか、豊かさを管理する賢明さを身につけるか、今、岐路に立っていると言えるでしょう。


(池田晶子)

《サンサーラ》 17号 1997.7.20初掲


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