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インターネット版 《サンサーラ》

SamSara

未来の農業

田植え風景 20世紀の農業

 20世紀は科学の世紀でした。人類はかつて神をあがめたように、科学をあがめ、科学万能の中で、自然さえも支配できると驕り、本当は自然に守られているのだということを忘れてしまった世紀でした。

 その象徴が農薬と化学肥料、そして、森林の破壊です。たしかに、農薬、化学肥料を使用し、農作業は楽になり、収穫も上がりました。しかし、20年から50年はこのまま順調に推移しても、作物は安全でなくなり、また、土も疲れ、子や孫の世代には、もはや農業を行なうことのできる土地はなくなってしまいます。

 木の伐採や焼畑で木を失ってしまった山は、もはや、人々に豊かな恵みを提供する「優しい自然」ではなくなり、木を奪われた禿山は、「凶暴な自然」と化してしまいました。山は保水力をなくしたため、スコールが、山から強流となって流れ落ち、川を氾濫させ、田畑の土壌を浸食し、平地の植物を流してしまうのです。熱帯に降る強烈なスコールは、豊かな熱帯雨林があってはじめて受けとめることができたのです。その森を失った熱帯の島では、飢餓に瀕する人々が出てきました。

地球と共に

生育状況を見る

 わたしたちは、山奥の小さな村に焦点を当てて、地球と共存する環境とは何かを問う場としました。それが、西ミンドロのシプヨ村という30世帯、100人ばかりの村の、周辺三方を山に囲まれ、一方を川が流れる100ヘクタールの外界とは断絶された山奥の村です。ここで、わたしたちは、総合農業構想を展開しました。 山には木を植えます。山裾には、果物の木を植え、山からの土砂の流入を防ぎます。平地には稲を植える田圃、野菜を育てる畑を耕します。川沿いにも果物の木を植えて、田圃や畑の肥沃な土が川に流れてしまうのを防ぎます。山裾の草地にはカラバオを放牧します。カラバオも牛も、田畑を耕すときの使役に使え、糞は肥料になり、売れば現金収入にもなります。鶏や豚も飼います。ここでは、農薬も化学肥料も使いません。害虫は、天敵を利用して退治します。そのため、天敵の研究には余念がありません。また、村の真ん中には、井戸を掘って、水を風車で汲み上げ、その水で野菜を育てます。村には農業指導員を常駐させて、指導に当たります。また、共同で農業作業を進めるとともに、地域協同体の役割も果たす母体として農協の設立をめざすことになりました。



21世紀の農業 風車

 プロジェクトが軌道に乗り、一度は破壊された環境が回復するにつれ、山は再び木で覆われ、激しい雨を受けとめることができるようになり、平野部には作物が実り、川の流れは穏やかになることが期待されます。自然がバランスを取り戻せば、人間は自然の脅威にさらされている今の状態から、自然に護られ、育てられる本来の姿にもどることでしょう。  この事業に着手して早速壁にぶつかりました。村人は収穫があったら、すべてを売ってお金に換えようとします。お金を手にして何を買うかといえば、時計だとか、ラジオだとか、なのです。食べるものがなくて飢えている人々が、です。米やとうもろこしは次の収穫まで取っておいて毎日の食糧にし、一部を蓄えて種籾とするのだ、と説明しても、わかってくれません。ここでも、わたしたちは、つくづくと思うのです。教育は、遠回りのように見えても、結局は一番の近道だと。

 わたしたちのめざす新しい世紀の農業は、教育を受けた子どもたちが受け継いでくれるでしょう。


(池田晶子)

《サンサーラ》 13号 1995.12.25初掲


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