mindoro
Occidental Mindoro, Philippines


フィリピン、西ミンドロ州
mindoro-map
 ミンドロ島は、マニラの南に位置し、総面積10,245平方キロのフィリピンで 7 番目に大きい島である。経済は漁業と米作、ココナツ・プランテーションが基盤で、他に牛、カラバオ(水牛)の放牧が行なわれている。ミンドロ島は、その中央を走る2500メートル級の山脈により東西に分断され、東ミンドロ州と西ミンドロ州をなしている。東ミンドロは、ルソン島に面していることもあって、比較的開発が進んでいるが、西ミンドロとなると事情は著しく違って来る。まず、道路事情が悪い。舗装されたところはほとんどなく、幹線道路といえども、分断されている。特に雨期には、道が途中で川に飲み込まれ、通行不可能となる。また、通信手段が貧困である。電話のある地域は限られている。郵便もいつ到着するかわからない。電気も主な町で時間供給されるといった状態である。それも、いつ停電するかわからない。要するに、インフラが貧困である。
貧困なインフラ
 さらに、近年の経済の悪化に伴い、以前は週 2 回あった定期航空路線が97年に突然廃止され、マニラから島に渡るには、バスで 4 時間かけてバタンガス港に行き、そこから、船に乗って 3 時間かけて西ミンドロの港、アブラデイログに至る。さらに、ジープで、悪路を 2 時間かけてわれわれの事業を展開しているサンタクルス郡の中心地にたどりつくというありさまである。
マンニャン族
 島には、少数民族のマンニャン族が居住し、低地の「タガログ人」とよばれる人々から虐げられている。人々は、山で採取生活をしていた。山の木の実や野菜を食べ、それがなくなると、別の地域に移動して、そこでも食べるものがなくなるとまた、移動してという生活を繰り返していた。それでも何とか暮らしていたが、平地の人々が山を焼き払って狩りをし、木材を求めて木の伐採を行なったため、マンニャン族は少しずつ、山奥深くに追われてしまい、最後には、食べるものがなくなって、飢えるようになってしまった。この人々は、かつては独自の文化を持っていたが、平和を愛する心優しい性格が災いして、このように、タガログ人に少しずつ山奥深くに追いやられてしまった。そういう中で、われわれが種族の誇りを回復し、生活が成り立つようにと援助を開始した。
 21世紀協会は1990年の設立時からこのマンニャン族の子弟に奨学金を供与するという援助を開始しているが、事業は少しずつ拡大して、各部落の就学援助、および、周辺環境の整備という総合的な援助形態になっている。西ミンドロ州には5つの郡があり、それぞれの郡で教会を中心に援助が行なわれているが、どこも、資金難のため、効果が十分に上がらない。その中で、われわれの支援を得たサンタクルス郡のみが援助の効果を挙げていて、注目を浴びている。