インターネット版 《サンサーラ》

SamSara

ミラのマニラ紀行


マニラ紀行〜初めての出逢い〜

大きな口を開けて。。

    フィリピンの首都マニラがあるルソン島のすぐ南にミンドロ島という 島がある。よくミンダナオと混同されてしまう、有名でも何でもない 貧しい島の一つである。そこにはスペイン入植時以前より土着の少数 民族マンニャン族が山で半遊牧生活、狩猟採集を営み生活してきた。 彼らは今他のフィリピン人と同じように教育を受け、田を耕し、収入 を得て生活していこうとしている。このマンニャン族の子ども達の就学 を支援する目的で行われているNGO「21世紀協会」の奨学金事業に おいて、2001年3月に一人の女の子が地元の公立高校を卒業した。 その彼女が初めて自分の暮らす島から離れ、大都会マニラに行く。 田舎島のさらに小さな田舎街からやってきた少数民族の女の子、ミラ・パナグサガンが初めて出逢うマニラとは?  


8月20日(月)初めての船旅

 朝7時過ぎにサンタクルスを出発、彼女にとって初めてのミンドロ島脱出である。はやる気持ちを抑えながらジープを乗り継ぎ港のあるアブラ・デ・イログを目指した私たち一行であったが…道が消えている。連日の雨で流れ出した濁流が川と化して道をふさいでいるのだ。水は太股の高さまである。ジープを降りて歩いて渡るしかない。この日のために姉からジーンズを借りて、靴(普段はスリッパ)も履いて、めったにしない時計もつけてきたというのに。とは言えこの手の川越えは慣れている。さすが、正真正銘山の子である。両脇を男の人二人に支えてもらいながらやっと渡りきれるような急な流れであったにも関わらず、リュックサックを背負って片手には靴を握ったままで、案外というか余裕そのもので渡りきった。

 ところがいよいよルソン島上陸、港街バタンガスに着いてからは頭が痛いと言いだし黙り込んでしまった。船の中での冷房とバタンガスに着いた途端の照りつけるような暑さとの急激な温度変化、それとすさまじい排気ガスが原因らしい。そもそもエアコンにも不慣れな彼女、ミンドロでは体験したことがない排気ガスのひどさにすぐに参ってしまったようである。船の中は元気で景色を眺めるのに夢中だったのに(これも無論初めてのことである)。バスで2時間ちょっと、夕方ようやくマニラ市内に着いてからも言葉数は少ない。家を出る前に朝ご飯を食べてからほとんど何も口にしておらず、とにかく食事をしようとMRT(高架鉄道)に乗って中心地の一つオルティガスに向かった。

 鉄道自体ほとんど普及していないフィリピン、しかも公共の乗り物といえばバスかジープ、トライシクル(三輪車)、もしくはカラバオ(水牛)であるミンドロ育ちのさらに山奥出身の彼女にとって当然初めての電車である。もう想像がつくかと思うが、まず自動改札の通り方が分からない。一人一人目的地までのカードを買ってそれを差し込み、バーを押して抜けるという仕組みである。彼女にとって想像の範疇にない新しい世界への入り口でもある。私たちの後ろに回っておそるおそる様子を伺いながらも、自分の番になったとき「どうしたらいいの?」とあたふた戸惑って列の流れを止めていた。説明をしてもほとんど頭に入っていない様子。何とか渡りきって大都会マニラのラッシュアワーに揉まれながら行くこと数分、ショッピングモールに到着した。セルフサービスのフードコートで何でも好きなものを食べて良いと言ったのに、「ここで良い。」と言い張って頼んだ料理も結局ほとんど食べなかった。早くどこかに移動したいと言うし、後で理由を聞いてみると

「座った席の近くのその店舗でしか注文できないと思ったんだもん。」

 どうやら勘違いしていたらしい。終始疑心暗鬼を生じたように目をぎょろぎょろと動かしていたが、夜ホテルに着いてからは落ち着いたのかおなじみバル(孵化中の卵を茹でたもの)といかだんごを食べていた。せっかくマニラに居ながら結局のところ普段食べるものにおさまった。


海沿い、ナボタス市のスラム 首都圏マニラのナボタス市にあるスラム、バゴンシラン。家が海に張り出して建てられている。

8月21日(火)スラムと動物園とカラオケと

 午前中マニラ湾沿いのスラムへ見学に行った。自国の現実を知るべく社会勉強の一つである。ところがこのところの台風の影響か、海からの水が道路に溢れており居住区の中まで入ることはなかった。ここで水に遮られてしまった。タクシーの中から眺めるだけだったが、山のように積まれたゴミとそれに埋もれて暮らす人々の姿に彼女はしきりに「パーンギッ(醜い)。ミンドロの方がまだ良いね。」と驚いていた。

 その後でスペイン統治時代の面影を残した旧市街地を訪れ、マニラ大聖堂、美術館をまわりヨーロッパ風の建物に囲まれた街道を歩いた。無邪気に真剣に見入る様は彼女だけが持つ自然の感性、野生の感性というようなものを感じさせた。そして彼女のリクエストで動物園に行った。

 「マニラで一番心に残っているのがこの動物園。ライオン、虎、象、カバなど今までに見たこと無い動物ばかりで、本当に面白かった。とにかく私にとってこの動物園が一番楽しかった。」

と本人も言うほどで、一瞬一瞬目が離せないといった具合にとにかくお気に入りの様子。夜は歌好きの彼女をカラオケに連れていった。一番はじめこそ照れてなかなか歌おうとしなかったが、そのうちに一曲歌い終わらないうちから次の曲の選択に大忙しであった。また大好きなアイドルグループのブロマイドを手に入れてからはずっとにやついて嬉しそうであった。この辺りは今の同世代の女の子たちと変わらない、現代っ子そのものである。彼女の中には思いがけず色んな要素が同居しているのだ。


8月22日(水)超高級マンションとミンドロの生活

 社会勉強二日目のこの日のテーマは「大都会マニラの超高級社会」。マニラの中でもひときわ高層ビルが建ち並ぶ中心街マカティを訪れ、貧富の差の激しいこの国の富の部分を目にすることである。まず、マニラ在住の日本人ご夫婦で開発機関に勤められている方のお宅にお邪魔させていただくことになった。最高級住宅街の一角である。プール付きの広いお屋敷の中にいくつも並べられた骨董品の数々、間違いなく今までに見たこと無いものばかりである。

 この家の居間の半分にも満たないスペースで20人以上と一緒に暮らしている彼女、服を含めて持ち物は小さな段ボールに入ったものが全てである。木々に囲まれた山中のニパやしでできた小さな小さな家で、マンニャンの母とタガログの父との間に生まれた彼女。薪をくんで火を起こし、手動式ポンプで引いた水を飲む。無論トイレなどというものはない。土と木々の匂いの中で育った彼女にとって、例えば椅子にじっと座っているという事も容易ではない。集中力、持続力の欠如というよりはまずもって生活の中に姿勢を正して構えるという場面が存在してこなかったことが原因である。生活スタイルの違いによる習慣、考え方、世界観の違いは想像以上に大きく、日常のふとした動作や行動に現れ、私たちを戸惑わせる。家に上がったときから何となく落ち着かない様子でそわそわしていた彼女は、急に立ち上がったかと思うと突然泣き崩れてしまった。体調が優れなかったこともあって結局ソファで横にならせてもらうことに。

 「マニラの空気にはいつも悩まされた。出してもらったお料理の匂いを嗅いだ瞬間に気分が悪くなったのも、多分それまでに散々外の排気ガスを吸っていたからだと思う。」

 実際にマニラの空気の悪さは彼女でなくとも気分が悪くなるくらいひどい。とりわけ慣れていない敏感な彼女にとってはきついものだった。と同時に、自分の知らない世界のその雰囲気に圧倒されてどうしていいか分からなくなったというのもあるかも知れない。その後マカティ中心地に移動し、ミンドロ中集めても至らないくらいの商品が並ぶショッピングモールを見て回り美しくライトアップされた高級ホテルの前を通り、その先に進んだところでは工事中の道路で寝ているホームレスの人を見た。

「かわいそう。なんでこの人達は家がないの?」

自分の住むミンドロにはない、大都会マニラの現実を肌で実感したようだった。


8月23日(木)初めての映画館と冒険の終わり

 マニラ滞在4日目にしてはじめて雨に見舞われた。視界がよく見えないくらいの激しい雨が朝から降り続いているため、とりあえずホテルで過ごすことになった。普段堅い木の板の上で何人もが固まって寝ているところに、ふかふかの大きなベッドー少なくとも彼女にとってはーである。テレビなんてものはどこかよその家に見に行かない限り見る機会がない、しかも週一回くらい。部屋でテレビを見てゆっくり過ごすのも彼女にとっては通常味わえない楽しみ、贅沢なのである。夕方4時前に彼女のリクエストで映画を見に行った。17歳、初めての映画館で見る映画、その雰囲気を十二分に味わってご満悦であった。

 次の日、早朝にホテルを出て約12時間かけてミンドロ島サンタクルス の住まいに戻った。移動中は割合おとなしく緊張感で幾分疲れたのかな と思いきや、家に帰り着いた途端一番元気になったのは彼女であった。 人が変わったように大声で他の奨学生に土産話をして笑っていた。 一瞬一瞬ころころと変わる、本当に無邪気な野生児である。 彼女にとってマニラとは、これまでに見たことのない多くのものに囲まれ た世界であった。一生の間にきっと味わうことが出来るか出来ないかの 貴重な体験をたくさんした。彼女は何と出逢い、そして何を思っただろうか。

「このマニラでの数日間を振り返って、やっぱり私が住んでいる所と マニラでは全然違うと改めて感じた。人の数をとっても乗り物の数、 種類をとっても、空気にしてもここの澄んだ空気とは全く別物。 実際に色んな動物を見れたり、魅力的な事も色々あったけれど、 私はやっぱりミンドロが好きだと思った。」

国金さつき記 2001.12.10掲載


21世紀協会ホームへ BACK contact us
21世紀協会ホームへ BACK ご意見、ご感想、資料請求

(c) 21st Century Association 2001