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インターネット版 《サンサーラ》

SamSara

飢餓と肥満の狭間に


大豆プロジェクトのロゴ

飢餓人口と肥満人口

 世界では12億もの人間が飢えているという(*ワールドウォッチ研究所『世界情勢2000』)。12億といえば世界人口の5分の1、日本の総人口の10倍にも上る膨大な数だ。マンニャン族を飢えから解放することを目標の一つに掲げるわれわれとしては見逃せない数字である。ただし、地球規模でいえば、飢えは少しずつではあるが、減少の傾向にあるともいう。私たちの活動もわずかなりともこの減少傾向に寄与していると思うとやはりうれしい。

 しかし、一方、太りすぎの人も12億人いるという。先進国の肥満の原因は食べ過ぎ、ファーストフード等による栄養の偏り、と比較的理解しやすい。一通りの教育も受け、栄養についての知識もある人々が自分の食生活を管理できないのだから、ある種、自業自得とも言える。もちろん、自業自得ではすまされない問題で、先進諸国における栄養改善は急務だ。しかし、肥満は先進国だけの問題ではない。フィリピンでは、生活習慣病の筆頭とされる糖尿病が国民病だと聞けば、驚くしかない。

マンニャンの村(手前の水たまりにいるのはカラバオ)

 そのしくみとはこうだ。これまで自然の中で経験したことのない「甘み」を知った人々が、甘いものに走るという現象はフィリピンのマンニャン族はもちろんのこと、世界中どこでも見られる。まだ毎日の飢えを満たすだけの食糧を調達できないでいる人々が、甘いものの味を知り、甘いものに走る姿は無惨だ。毎日の食糧となるはずの収穫、収入をコカコーラに換えるのだから問題は深刻である。甘いものばかり食べて空腹を満たしているものだから、当然、必要な栄養はとられず、栄養の偏りが糖尿病など各種の成人病を引き起こす。甘いものを摂りすぎると糖尿病になると誤解されている向きも多いが、甘いもののために腹が満たされているから、必要な栄養をとれないというのが実態だ。

 食べるものにも事欠く人々が何を置いても甘いものを食べたいと思う。昔は今のように甘いものやカロリー過多の食べ物がなかったから人間の自然の欲求に身を任せていてもよかったかもしれない。しかし、人工物の多い今、自然の欲求に身を任せることは自殺行為となりかねない。ぜひとも栄養教育の普及が必要だ。そして、ここでもわれわれの推進する教育が大きな意味を持つことになる。

 そもそも、太り過ぎによる慢性病、生活習慣病、あるいは寝たきり痴呆老人の医療費に比べたら、栄養の改善や優良食品の普及活動にかかる費用など微々たるものだ。栄養改善で成人病が減るのなら、経済的にみても十分に採算の合う活動といえる。フィリピンとて事情は同じ。肥満集団の筆頭である有力層が慢性病に医療費を篤く配分し、大多数の人々にとって大問題のはずのマラリア、結核、デング熱、赤痢等の感染症に渡る予算が削られているが現状だ。長寿ばかりが能ではない。日本に寝たきり痴呆老人の多いことを考えれば、健康で長生きすることの大切さは言を待たない。

 人類5万年の歴史は飢えとの戦いだった。身体にしみこんだ歴史は空腹を極度に恐れる。そして、味覚の発達した先進国では、美食に走る。言わずと知れたわれわれ先進国の文明病だ。一方で12億の人々が飢えに苦しみ、他方では同数の12億の人々が食べ過ぎと栄養の偏りによる肥満に苦しむ。今の世界はなんと不条理にあふれていることだろう。

すべての人々に健康を

 さて、ここで、以前から21世紀協会の会員としてわれわれの活動を支持してくださっている京都大学の家森幸男教授から一つの提案が出された。家森教授はWHO国際共同研究センター長で、京都大学大学院人間・環境学研究科の教授だ。NHKにたびたび登場されるので知っておられる方も多いだろう。一年の3分の1は世界を回り、各地の栄養と健康を調査されている。その提言の内容は「すべての子どもに教育を」と謳う21世紀協会の活動と、「すべての人々に健康を」めざす家森教授のWHOフォーラムが手を取り合う可能性についてである。

 教授はWHOとの共同研究で世界各地の長寿地域の食生活を調査し、その結果、食生活の改善を提言されている。世界の食生活を見回してわかったことは、長寿を謳歌している地域の食生活はどこも脂肪、食塩が少なく、高タンパク、高繊維の食事を日常としているということだ。世界の長寿地域では、大豆、牛乳、ワカメ、野菜、魚、果物などを多く食生活に取り入れていることがわかっている。

 私たちはこの中で、蛋白源としての大豆に注目した。大豆は豆腐、納豆など日本の優良食品の原料だ。マンニャン族の食生活にはタンパク質が圧倒的に不足している。大豆はタンパクだけでなく、イソフラボンを豊富に含むので、これを常食すれば心筋梗塞、骨粗鬆症などが予防できるばかりか、老人痴呆も防げる。マンニャンはモンゴと現地で言うところの緑豆を実際に作っているから豆に対する抵抗は少ないはずだ。いくらからだによくてもフィリピンにワカメを持ち込むのは現実的でない。そうだ、マンニャン族の食生活に大豆を取り入れよう!

インゲンを育てる人々

 家森教授に高タンパクで、熱帯で育てやすい大豆の品種を選んでもらい、タネをフィリピンに持っていって栽培することにした。6月からボランティア研修生としてミンドロの現地に赴任する紫垣伸也君が担当だ。3月にミレニアム・グラジュエートとなった彼は早速農家に大豆栽培の実習に出かけ、準備に忙しい。


若い世代に未来を託して

 もちろん、大豆がマンニャンの生活になじむかどうかは未知数だ。単純にマンニャン族の人々に対して、先進国の人々のような栄養教育を施すことができないところが難しい。植物を育てようと思ったら水やりが必要なのだと教えても納得しない人々だ。基礎教育のない人々に対する栄養指導は至難を極める。マンニャン族など、教育の機会の全くなかった人々にこれまで見たこともない食べ物を食べろと言っても難しい。下手すると、子どもが病気になって死んだのは、この新しいマメ(つまり大豆)のせいだ、と非難されかねない。このあたりには工夫が必要となる。 しかし、少なくとも、奨学生たちの栄養改善には大いに役に立つはずだ。そして、ここでも子供たちが先例となって、大人たちを啓発していくことだろう。時間はかかるが、子どもを教育して行くのが一番確実な方法である。

 紫垣伸也君がこの大豆プロジェクトを引き受けたのは、世界の人々が等しく繁栄し手を取り合って生きていく世界の実現を願ってのことだ。世界のあらゆる争いごとの奥に貧しさが潜むことを彼は知っている。自ら土にまみれて大豆を育て、薪で火をおこして調理し、奨学生を手始めに普及させる。今、彼は大豆の研究に余念がない。

大豆プロジェクトのロゴ

 私たちは若い世代に教育という財産を託して、世界を変えられるかもしれないと期待しよう。心の栄養、身体の栄養いずれを欠いても、人間は人間として生きることができないことをあらためて知る機会になるはずだ。

(池田 晶子 2000.3.15)

《サンサーラ》24号 2000.6.30初掲

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