SamSara ミンドロ体験記 -hiroshi


決意表明
〜初めての第三世界〜
(2002.11.18〜11.30)
佐賀弘

奨学生とわらじを編む(左から二人目が佐賀弘さん)

 11月19日から30日、私は21世紀協会の現地ボランティアスタッフインターン候補生の1人として、他の候補生の御二人とともに池田さん引率のもとフィリピンに行って参りました。私は今まで外国といえばカナダ、韓国といった安全な先進国しか行ったことがなく内心びくびくしていました。大阪からマニラまで4時間、マニラからミンドロ島・サンタクルスの事務所まで10時間ほど。地図で見るとマニラ−サンタクルス間は近そうに思えましたが、やはり実際はかなり遠かったのです。これは精神的距離が遠いせいでもあります。

 事務所に着いたのは夜遅く、マンニャンの奨学生たちとほとんど会うことなく次の日を迎えました。その日は近くのマーケットを覗いたり、洗濯をしたり比較的のんびり過ごしました。その夜の歓迎会で子どもたちがピアニカの演奏、歌、劇などを披露してくれました。彼らの歌声はすばらしく、鈍感な私の心にも響きわたりました。さらに劇を見て、"マンニャンの子も日本の子も変わらない"、と一瞬思いましたが、彼らが人前で歌を歌い劇ができるようになるまでどれほどの歳月がかかったのでしょうか。どれほど紫垣さんや国金さんが苦労されたのでしょうか。その後我々インターン候補生の3人も飛び入りで一芸を披露しました。子どもたちの反応を少し心配しましたが、喜んでくれたのでほっと一安心でした。

 22日、いよいよパクパク村へ。やはり事務所があるサンタクルスの町とは違い、パクパク村は大自然の中にぽつんとたたずんでいる村というより小さな集落といった様子でした。ただバスケットコートらしきものがあったのには驚かされました。フィリピンで最も人気のあるスポーツはバスケットですが、まさかこんな山奥でマンニャン族の人々がバスケットを楽しんでいるとは思いもしませんでした。今でも不思議です。

 翌日さらにアムナイ川に沿って上流へ2時間ほど歩きカンルアンへ。途中、腰下まで深さのある急流を二度も横切らなければなりませんでした。このときフィリピンに行って初めて恐怖を感じたのかもしれません。

 サンタクルスからパクパクへ、パクパクからカンルアンへと奥地に住むマンニャンの人々ほどより内向的であまり私たちに近づこうとしませんでした。それだけ外部の人間と接することがなかったからです。そしてその必要もなかったからでしょう。その必要性について考えると難しいものがあります。けれども、現地で活動する時そういったこと、またその背景、理由などを考えなければなりません。現在の私はそれについて明確な回答を持ち合わせておらず、考え続けることが必要です。

 24日は事務所裏の浜辺から船で南へ30分ほどかけてルマンバヤンというところへ行きました。そこでは数人の現地スタッフが寝泊りし、家畜を飼い作物を育てながら生活をしていると聞きました。その敷地内に造成中の養殖用の池があり、今後私が着任したときに未完成であればその作業に携わりたいと思います。その日は日曜ということで奨学生もルマンバヤンに来ていたので、皆一緒に海で泳ぎ遊ぶことができました。10年ぶりくらいに鬼ごっこで走り回ったためヘトヘトに疲れましたが、その楽しさもまた10年ぶりでした。

 その後28日朝にサンタクルスを出発するまでの間、子どもたちに算数を教えたり、小学校を訪問したり、またわらじ作りに挑戦してみたりと充実した日々を過ごしました。子どもたちと別れるときはさすがに少し寂しい気持ちになりましたが、彼らが好意的に迎えてくれたこともありこの滞在が非常に楽しいものになったと思います。

 マニラに戻り、ナボタスにあるスラムを訪れました。見たものを一言でいうと"ゴミの海"です。この旅で私の中では一番驚いた場所かもしれません。しかし、そこで何事もなく普通に暮らしている人々がいます。ここの人たちを援助しているフィリピンのNGO、PPFの方は、"こんな生活でも彼らはハッピーだ。"と言います。その言葉をマンニャン族の人々にあてはめて考えてみました。マンニャンの人々も貧しいのですが、それでもしあわせであると思います。では、なぜ教育が必要か。その貧困を無くすためです。彼ら自身が考え未来を選ぶためです。これはナボタスのスラムにも言えることです。このように二者は違いますが共通点は数多くあります。21世紀協会の定款にある"教育が国の発展の基礎となる"は、マンニャン族そしてスラムの人々にも言えることなのです。

 何度も言いますが、今回のフィリピン・ミンドロ島の下見旅行は私にとって初めての第三世界訪問です。これまでNGOをはじめとするボランティア活動に一切携わったことがなく、またその知識がないにもかかわらず、無謀にも21世紀協会のインターンスタッフに応募しミンドロ島を訪れたわけです。一週間現地に滞在したからといってマンニャン族に対する差別を目撃したわけでも、彼らが飢えて苦しんでいる様を目の当たりにしたわけでもありません。しかし、実際に現地に足を踏み入れることで自分の中で曖昧だった志望動機が具体的なものになり、より強く21世紀協会のもとで国際協力のプロになるための第一歩を踏み出そうと思いました。"開発とは何か、なぜ必要か"を常に考え続けることが私の仕事になります。先日のワークショップで学んだパーマカルチャーの導入も考察しなければなりません。現地へ着任し、少しずつ自分の考えを見出しそれをかたちにし、最終的に周りの人間または社会にそれを伝えられるようになることを目標とします。

2002.12

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