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あきらめない心


みんなでパン作りの実習。左がアルリーン

パンを作る(左がアルリーン)

新学期

 毎年、5月、6月はもっとも頭をかかえる時期です。6月の新学期を控え、新たに迎え入れる奨学生の選定や、現奨学生は無事全員進級できるのか、といったことで悩まされるからです。今では、遠く東ミンドロ州から親子連れで子どもの進学の援助を求めて事務所を訪ねてくることもあります。こちらから出かけていってもお断りだった昔と比べると、ずいぶん教育熱も上がったものだと感心しきりです。

 思案を重ねた結果、今年はパイロット事業地の子どもたちを中心に小学生を7人採用、ハイスクールも小学校からの繰り上がり組とは別に4名採ることにしました。最後まで悩んだのは大学生です。順当にいけば、二年間ボランティアスタッフとして貢献してきた二人の女の子、アルリーン(写真)とプリシラ(3頁写真)を進学させてもいいはずです。過去二年間、二人は学生の世話のみならず協会を頼って山からやってくる患者の世話など、いろいろと手伝ってくれました。二人は大学への進学を期待して二年間を過ごしてきたに違いありません。実際、5月も終盤にさしかかった頃、なんとしても大学で勉強したいと嘆願しにきました。しかし、過去の経験から何かもう一つ決め手がないように思えて仕方ありませんでした。結局、「もう一年様子を見る」と二人の進学を退けてしまいました。

分かれ道

これが二人の人生の大きな分岐点になったかもしれません。二人は両親と今後についてじっくり話すためしばらく村に帰りましたが、結局アルリーンだけが引き続きボランティアとして残ることになりました。プリシラは協会で大学進学の可能性がないのなら他の団体を探すということでした。

そんな折り、6月も半ばを過ぎたころ、社会福祉省の事業で先住民族を対象にした奨学金制度があり1人採用したいと言ってきました。アルリーンが真っ先に手を挙げたのは言うまでもありません。協会としても、学費の一部でも公費で負担してくれるのならあとの費用は出してもいいと考えました。政府の奨学金というのは書類の準備だけで相当大変ですが、本人がどう動くか、家族がどこまで助けるか、わたしは手を出さず、じっと観察していました。本人のやる気を確かめるためです。それでも、わたしは二年間ボランティアで同胞民族に貢献したことを強調した推薦状を書き、アドバイスをしました。


目標が明確な子

 協会事業をはじめて以来、大学、専門学校への進学者総数は14人に上りますが、卒業できたものはわずか4人にすぎません(在学中3名)。この子なら大丈夫、と太鼓判を押しても、ふとしたことから落伍したりします。どの子の大学進学を認めるかの判断は非常に難しいのです。現在ではボランティアスタッフとして最低一年間働くことを進学の条件にしています。本人の性格、意欲を見極めるためです。それでもなにが起こるかわかりません。ただ一つ確かなことは、意思表示のはっきりしている子、目標が明確な子はやはり強いということです。ハイスクール生募集の時でも、募集が終わったころに応募してくる子が時々あります。「時遅し」といってもなかなか帰ろうとしないので、根負けしてしまうことがあります。こんな子は大抵脇道にそれるようなことはしません。アルリーンも滑り込みで地元州立大学に入学を果たしました。途中であきらめて村に帰っていれば、かなわなかったことです。土壇場で見せてくれた意志を持続させ、大学で良い結果を出して欲しいと願っています。

(川嶌寛之)

《サンサーラ》32号 2004.7.20初掲


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